「同じようにしてやりたいのだ」

2018-04-10

聖書にはしばしば不思議に思う箇所があります。その時は納得しても、しばらく経つと再び疑問が生じる、マタイ20:1~15の「ぶどう園の労働者」もその一つです。

ぶどうの収穫時期、園の主人は夜明けに労働者を雇うために広場に行き、一日1デナリオンの約束で労働者を大勢雇い入れます。主人はさらに9時、12時、3時、5時にも出かけ、さらに労働者たちを雇い入れたのです。夕方になった時、主人は全員に1デナリオンずつ支払います。不満が出たのは当然でした。特に夜明けから働いた者は納得できなかったはずです。「最後に来たこの連中は…」という厳しい言い方にそれが表れています。

しかしこのたとえ話は経済の問題ではなく、神の愛を説明するための話なのです。「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」。神は選びの民イスラエルだけではなく異邦人の私たちにも、若い人々だけでなく年老いた人々にも恵みを与えようと思っておられるのです。救いは神の一方的な恵み、感謝して受けるべき賜物なのです。

 

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