日々のみことば

8月18日のみことば

2017-08-18

「国々の中から集めてくださった/東から西から、北から南から」(詩編107:3)

人と人とを分裂させる力が働いています。使徒パウロは人間の無益な働きとして党派心、分裂、分派を挙げています(ガラテヤ5:19-21)。つまらないことをあたかも大事であるかのように思い、相手を理解しようともせず、ちりぢりになっています。まさに人間の働きです。しかし主イエスの働きはばらばらな人と人とを愛と信頼で結ぶことです。私たちがお互いに違った能力をもっているのは共同体を豊かにするため、聖書はそう教えています。

8月17日のみことば

2017-08-17

「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける」(ヨハネ10:16)

これは主イエスの言葉です。神学者W.リュティは「今日、世界は偽りの羊飼いたちの声で充満している」と言っています。彼らは、自国民だけに目を留め、他国民を蔑み、罵り、排斥しようとします。しかし真の羊飼いであるイエスは、他民族や他国民にも目を注ぎ、彼らを真の幸福へと導こうとします。私たちはその声を聞き分けることが大切です。

8月16日のみことば

2017-08-16

「孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる」(申命記10:18)

戦争によって夫を失い寡婦となった人々、親を失い孤児となった人々がどれほど多くいたことでしょうか。その生活がどれほど苛酷なものだったか、戦争を知らない世代には想像もできないことでしょう。また寄留者とは「一時的に他の土地に住む人」のことです。その大変さは難民の人々の苦労に通じるでしょう。神は彼らが安心して生きること、そのために世界の国々に彼らへの理解と支援を、何よりも戦争のない平和な世界を望まれます。

 

8月15日のみことば

2017-08-15

「あなたのまことにわたしを導いてください。教えてください/あなたはわたしを救ってくださる神。絶えることなくあなたに望みをおいています」(詩編25:5)

私たちの教会のI姉が召されました。100歳7か月の生涯でした。この愛唱聖句を自分の葬儀に用いてほしいと記録してあり、「2002.8.12(月)pm4時に頂く」と記されていました。I姉は感謝して聖書を愛読していました。どの頁にも線が引かれ書き込みがなされ、まさに神との誠実な対話の跡を示していました。私もそうありたいと願いました。

8月14日のみことば

2017-08-14

「わたしの良き物で、わたしの民を満ち足らせると、主は言われる」(エレミヤ31:14/口語訳)

これは預言者エレミヤが民に告げた神の祝福の約束です。神の民は神がくださる良き物で生きるのです。「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです」(ヤコブ1:17)。神は今日も私たちに良い物を与えようとしておられるのです。感謝しつつ、期待しつつ一日の歩みを始めたいと思います。

8月13日のみことば

2017-08-13

「彼らは仲間に向かって平和を口にしますが、心には悪意を抱いています」(詩編28:3)

平和を口にする人は多いです。しかし大切なのは、真心から平和を願っているかということです。主イエスは「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい」(マタイ10:12)と言われました。お互いに笑顔で出会い、「あなたに平和がありますように」と祈りあったら、どんなに素晴らしいことでしょう。その言葉はきっと木々の間を吹き抜けていく風のように爽やかでしょう。この風を吹かせることは今日からでもできます。

8月12日のみことば

2017-08-12

「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」(マタイ26:52)

これは主イエス・キリストの言葉です。剣に頼って国を治めようとした国で生き延びた国があるでしょうか。皆滅びたのではないでしょうか。今アメリカと北朝鮮の両指導者は、互いに核兵器をちらつかせながら激しい言葉を投げ合っています。このやり方で本当に平和が訪れると思っているのでしょうか。だとすれば彼らは愚かです。歴史から何一つ学んでいないのです。今こそ主イエスの言葉に耳を傾け、誠実に対話を始めるべき時です。

8月11日のみことば

2017-08-11

「暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く」(ルカ1:79)

平和と命の道があるように、争いと破滅への道もあるのです。M.マイヤーの『彼らは自由だと思っていた―元ナチ党員十人の思想と行動』を読んでいます。ドイツのナチ化は「きわめて徐々に、しかも気づかない形で進行しました」という言葉が印象的でした。争いと破滅への道はいつもそのように進むのです。私たちは世界の情勢に目を注ぎ、自覚的に主イエスの示す平和の道を学び、一歩一歩を丁寧に歩いていきたいと思います。

8月10日のみことば

2017-08-10

「主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ、目を開いて御覧ください。生ける神をののしる・・・センナケリブのすべての言葉を聞いてください」(イザヤ37:17)

紀元前7世紀、センナケリブはアッシリアの王、この祈りを捧げたのはイスラエルの王ヒゼキヤ。センナケリブは神を嘲り、ヒゼキヤの信仰も努力も無駄だと嘲笑します。しかしヒゼキヤはなお神の約束に信頼するのです。神なき者の嘲笑は私たちの信仰を破壊できません。神を嘲笑する者を反対に神は笑われるでしょう。そして神は私たちを守られます。

8月9日のみことば

2017-08-09

「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる」(ヨシュア記1:9)

自分を取り巻く状況の厳しさを見、それに取り組む自分の知恵と力の小ささを見れば、恐れるほかありません。だが神は、あなたの知恵と力からわたしに目を転じよと言われます。神の大きな愛と力に心を向ける時、強く雄々しく生きることができます。「神御自身を自分の導き手として持っているとは、何とうらやましい民であろうか」(W.リュティ)

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