日々のみことば

10月8日のみことば

2017-10-08

「わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです」(Ⅰヨハネ4:19)

私たちが神に目を向ける前に神が私たちに目を留めてくださったのです。私たちが神を愛する前に神が私たちを愛してくださったのです。Ⅱテモテ1:9には「神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです」と記されています。先行する神の恵みに感謝!

10月7日のみことば

2017-10-07

「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」(ヘブライ11:6)

神は私たちの中に何を見い出したいと願っておられるのでしょうか。聖書の知識でしょうか。貧しい人への善行でしょうか。忠実な教会生活でしょうか。いいえ、信仰なのです。「神が存在しておられる」「神は御自分を求める者たちに報いてくださる方である」という信仰です。この信仰という土壌に育つ熱心な聖書の学び、隣人への奉仕、忠実な教会生活だからこそ貴いのです。今日も私たちの心に神への信仰が活き活きと育ちますように。

10月6日のみことば

2017-10-06

「正しい者は信仰によって生きる」(ローマ1:17)

マルティン・ルターは1517年10月31日に「95箇条の提題」を公表、宗教改革の働きを始めました。今年2017年は500年、記念すべき年です。「信仰によって生きる」はルターのキーワードとなった言葉です。ルターのこの働きは、人間的な野望からではなく、徹底的な聖書の学びから生じたものです。ある人は「神の変革は御言葉を通してくる」と言っています。神の言葉の学びが私たちの心に望ましい変化をもたらすのです。

10月5日のみことば

2017-10-05

「それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです」(Ⅰペトロ1:9)

聖書において「魂」とは人間の中核です。だから魂だけの救いと考えると、それは「信仰のよくない矮小化」です。「魂の救い」とは換言すれば体と魂、つまり人間全体の救いであり祝福のことなのです。神は私たちの体と魂に対する配慮をなさるお方、私の昨日と今日と明日への配慮をなさるお方、神こそ真実の配慮者なのです。そのことを覚えつつ今日の歩みを力強く始めましょう。あなたに神の救い、祝福が豊かにありますように!

10月4日のみことば

2017-10-04

「偉大さ、力、光輝、威光、栄光は、主よ、あなたのもの。まことに天と地にあるすべてのものはあなたのもの。主よ、国もあなたのもの。あなたはすべてのものの上に頭として高く立っておられる」(歴代誌上29:11)

キリストが教えてくださった「主の祈り」の最後に、私たちは「国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり」と祈ります。その根拠となる聖句の一つがこれ。聖書が教える神がどのようなお方かを簡潔に表現しており、私たちの在り方を正してくれます。

 

10月3日のみことば

2017-10-03

「天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされたのではなかったですか」(ヘブライ1:14)

天使は神の聖なる御意思によって私たちを支え導くために遣わされる存在です。宗教改革者マルティン・ルターは次のようなことを言っています。私たちは遊園地にいるのではない、悪魔のただ中におり常に様々な難問に直面している、そのことを自覚する時、神が私たちを助けるために遣わしてくださった天使の存在を確信することができるだろう、と。

10月2日のみことば

2017-10-02

 

「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。主は地の面のすべての民の中からあなたを選んで、御自分の宝の民とされた」(申命記14:2)

 

この聖句は私たちを「聖なる民」「宝の民」と呼んでいます。私たちが道徳的に立派であり、私たちが特別な能力を持っているからでしょうか。そうではありません。神が私たちを愛し、救い、祝福してくださるからです。それに応えて私たちが神を心から愛し、賛美し、祈り、仕えるからです。今日も聖なる民、宝の民の自覚をもって歩みたいものです。

 

10月1日のみことば

2017-10-01

「主の成し遂げられることは栄え輝き/恵みの御業は永遠に続く」(詩編111:3)

神学者W.リュティは、この聖句に出てくる「栄え輝き」「恵みの御業」「永遠」という言葉に注目し、これらは「礼拝の音色」だと言います。天上での天使たちによる絶え間なき礼拝、地上での私たちの礼拝はそれへの参与です。礼拝は神の慈しみに対し信仰共同体が捧げる感謝です。礼拝は日々の忙しく騒々しい生活に落ち着きと新しい力を満たすもの。礼拝は隣人への奉仕のための効力ある準備です。主よ、私たちの礼拝を祝してください。

9月30日のみことば

2017-09-30

「嘆いている人々を慰め、…嘆きに代えて喜びの香油を、暗い心に代えて賛美の衣をまとわせる」(イザヤ61:2~3)

神は預言者イザヤをユダの民に遣わされたのは、慰め、喜び、賛美を与えるためでした。神はいつもそうしようと思っておられます。主イエス・キリストも言われました。「悲しむ人々は幸いである、その人たちは慰められる」(マタイ5:4)。神が今日あなたのために働いてくださり、悲しみを喜びとし、喜びをさらに喜びとしてくださいますように。

9月29日のみことば

2017-09-29

「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか」(ルカ17:17)

重い病に苦しむ人が十人、彼らは主イエスに救いを求め皆癒された、しかし感謝するために戻ってきたのはその内の一人だったのです。その時に主イエスが言われた言葉がこれ。それほど感謝という行為は忘れやすいのです。神学者W.リュティは、感謝の比率は十人に一人、それと同時に、私たち自身十回恵みを頂いても感謝は一回では、と問うています。わが身を振り返り大いに反省、十回の恵みに十回感謝する者でありたいと願いました。

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