日々のみことば

8月10日のみことば

2017-08-10

「主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ、目を開いて御覧ください。生ける神をののしる・・・センナケリブのすべての言葉を聞いてください」(イザヤ37:17)

紀元前7世紀、センナケリブはアッシリアの王、この祈りを捧げたのはイスラエルの王ヒゼキヤ。センナケリブは神を嘲り、ヒゼキヤの信仰も努力も無駄だと嘲笑します。しかしヒゼキヤはなお神の約束に信頼するのです。神なき者の嘲笑は私たちの信仰を破壊できません。神を嘲笑する者を反対に神は笑われるでしょう。そして神は私たちを守られます。

8月9日のみことば

2017-08-09

「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる」(ヨシュア記1:9)

自分を取り巻く状況の厳しさを見、それに取り組む自分の知恵と力の小ささを見れば、恐れるほかありません。だが神は、あなたの知恵と力からわたしに目を転じよと言われます。神の大きな愛と力に心を向ける時、強く雄々しく生きることができます。「神御自身を自分の導き手として持っているとは、何とうらやましい民であろうか」(W.リュティ)

8月8日のみことば

2017-08-08

「わたしたちの国籍は天にある」(ピリピ3:20/口語訳)

お盆には家族が集まり先祖に思いを馳せます。心優しい日本の年中行事だと思います。ところでキリスト教は亡くなった方についてどう信じているのでしょうか。私たちの教会の納骨堂の壁面には今日の聖句が刻まれており、これを見る度に私の心は喜びに満たされます。私たちの愛する者たちは消滅したのではなく、キリストが備えてくださった永遠の御国に今も生きている、やがて私たちは彼らと再会する、この信仰に私は感謝しています。

8月7日のみことば

2017-08-07

「町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたたちにも平安があるのだから」(エレミヤ29:7)

預言者エレミヤは自分が住んでいる国と町のために祈るよう促します。町が平安であってこそそこに住む民も平安だからです。神を信じている者の務めは自分が住んでいる町のために平安を祈ることです。今の私の課題は九州北部豪雨で被害を受けた朝倉市、東峰村、日田市のために祈ること。緑の美しいこの地域に住む人々の健康と地域の復興です。

8月5日のみことば

2017-08-05

「天の神がわれわれを恵まれるので、そのしもべであるわれわれは奮い立って築くのである」(ネヘミヤ2:20/口語訳)

荒廃したエルサレムの再建、それは困難な工事でした。敵対者たちは嘲笑し、あの手この手で工事を中断させようとしました。悪い企みをもって工事への協力を申し出る者もありました。そういう中でネヘミヤが語った言葉がこれ。「神がわたしたちを恵まれる」、これこそ彼らが忍耐強く作業を続けた真の理由でした。神はあなたを今日も恵まれます。

8月3日のみことば

2017-08-03

「人は皆、上に立つ権威に従うべきです」(ローマ13:1)

使徒パウロの時代、「上に立つ権威」とはローマ皇帝でした。パウロはどんな時にも無条件に従えと言っているのでしょうか。そうではありません。皇帝の上に立つ究極の権威として神がおられます。だから皇帝が神の聖なる意志に反しない限りということなのです。「お上は間違いを犯さない」と言う人がいます。しかし太平洋戦争は国家が犯した最大の過ちではないでしょうか。平和を真剣に希求する国家こそ神に祝福されると信じます。

8月2日のみことば

2017-08-02

「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい」(ローマ12:12)

「苦難」「患難」「艱難」は私たちの人生につきものです。避けては通れない場合が多いのです。だから古来「艱難汝を玉にす」と言い、「人間は苦労・困難を乗り越えることによってりっぱな人間になる」と励ましているのです。使徒パウロも「苦難を耐え忍び」と教えています。それを可能にするのは神の祝福の約束です。神学者W.リュティは、忍耐は「静かな誠実の時間であり、忍びつつ約束に固着する時間である」と言っています。

8月1日のみことば

2017-08-01

「誇る者は主を誇れ」(Ⅱコリント10:17)

私たちの誇りはしばしば高ぶりになり、高ぶりは人々の妬みを招きがちです。反対に謙遜であることは人間として美徳であり気品です。しかしパウロはたった一つだけ誇ってよいもの、否誇るべきものがあると言います。それは私たちの信仰の対象である主イエス・キリストです。私たちの注がれている主の愛と力は誇ってよいのです。なぜならそれは私たちの想像や経験を超えるほど大きく、しかも中断することなく注がれているからです。

7月31日のみことば

2017-07-31

「神の御心を行って約束されたものを受けるためには忍耐が必要なのです」(ヘブライ10:36)

絶え間なく寄せて来る波を防いでいる防波堤、激しい風を防いでいる防風林を見ると、忍耐ということを思わされます。それが穏やかな生活をもたらします。これは私たちの日常生活についても言えます。「ならぬ堪忍するが堪忍」、我慢が足りないために人は失敗するのです。信仰においてはなおさら。聖書は、神が約束してくださった恵みを受けるためにも忍耐が必要だと教えます。「苦しいからもうちょっと辛抱しよう」(渡辺和子先生)

7月30日のみことば

2017-07-30

「すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです」(使徒17:25)

戦争ほど生命を軽視するものはありません。最近の自爆テロもそうです。これらは「陶酔から生まれる」のです。今日の聖句は、命は神のものであり、神が私たちにそれをくださっているのだと言います。この理解が今日大切です。そこから自分と他者の命、動植物の命をも大切にし、互いに助け合って生きる道が開けてくるのです。与えられた命を感謝しましょう。

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