日々のみことば

6月17日のみことば

2017-06-17

「年をとった者が、どうして(新しく)生まれることができましょう」(ヨハネ3:4)

これは主イエスに対して老人ニコデモが問うた言葉です。サムエル・ウルマンは「青春」という詩の中で「霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき」人は老いるのだと言い、「人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い」と言っています。確かに神に信頼し、聖書の言葉を読みながら一日を過ごす時、心に新しい希望や生きる力、何よりも感謝や感動が心に湧き上がってくるのを感じます。

6月16日のみことば

2017-06-16

「天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、『エッファタ』と言われた。これは、『開け』という意味である」(マルコ7:34)

これは耳と口の不自由な人に対して主イエスが語られた言葉です。癒されたこの人が最初に聞いたのは主イエスの言葉であり、最初に語ったのは主イエスへの感謝の言葉だったに違いありません。私が網膜剥離の手術を受けた時この言葉を心に確信しました。再び見えるようになった私は、以来主イエスの恵みを最優先に見たいと思うようになりました。

6月15日のみことば

2017-06-15

「パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。この人が夜イエスのもとにきて言った」(ヨハネ3:1~2)

何故「夜」なのでしょう? W.リュティは、老人ニコデモにとって夜は休息や喜びや慰めの時間ではなく、眠られぬ夜、物思いの苦しみが水車のように回り続ける時間だと言います。彼はそれを携えてイエスのもとに来たのです。そしてW.リュティは「君も夜イエスのもとに行きたまえ」と勧めます。夜は大切な課題についてイエスと静かに対話する時なのです。

6月14日のみことば

2017-06-14

「主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました」(使徒言行録20:35)

歴代の教会は主イエスのこの教えを大切にしてきました。だからこそ実践の難しさもよく知っていたのです。以下は私がある本から学び、大切していることです。①相手はそれを必要としているか? ②それを差し上げるにふさわしい時か? ③それは相手の負担にではなく本当の喜びになるか? ④私は自分が与えたことを速やかに忘れることができるか?

6月13日のみことば

2017-06-13

「わたしたちは神のために力を合わせて働く者である」(Ⅰコリント3:9)

「力を合わせて働く者」、口語訳聖書では「同労者」と訳されていました。私たちが神の同労者、「この上もなく尊い事業の同労者」だと言うのです。私たちの働きは決して完全ではありません。それにも関わらず「あなたも私のために働いてほしい」と招かれるのです。天に召された山田豊秋兄や坪井正之兄は「神様のお働きはお断りしません」とおっしゃって、いつも教会の働きを喜んで担ってくださいました。その姿はすがすがしいものでした。

6月12日のみことば

2017-06-12

「しかし、神はわたしの魂を贖い、陰府の手から取り上げてくださる」(詩編49:16)

今日明日私は葬儀を行うことになりました。召されたのは関谷定夫名誉教授(西南学院大学)。神学生時代、聖書考古学を教えて頂きました。今でも関谷先生の口調や笑顔が思い浮かびます。「聖書のこの箇所にしおりが挟んでありました」と奥様から伺いました。この言葉の前には「人は永遠に生きようか。墓穴を見ずにすむだろうか」と全ての人が直面する厳しい死の現実が描写されています。けれども詩人は「しかし、神は…」と言うのです。それが関谷先生の確信でもあったのです。

6月11日のみことば

2017-06-11

「恵みと平和が、あなたがたにあるように」(Ⅰテサロニケ1:1)

これは使徒パウロがテサロニケにあった教会に宛てて書いた手紙です。その冒頭で彼は一人ひとりの顔を思い浮かべながらこの祝福の祈りを捧げるのです。私も「今日のみことば」を読んでくださっている方々を思いながら、この祈りを捧げたいと思います。今週のお働きが祝されたものとなりますように。

6月10日のみことば

2017-06-10

「わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように」(エフェソ1:19)

この言葉は本当に素晴らしいです。神は「絶大な働き」をする力をお持ちです。天地万有を創造しこれを治め、人間の歴史を支配し、私たち一人ひとりを愛し、導き、祝福されます。私たちはそれが「どれほど大きなものであるか」をぜひ悟りたいと思います。そのことを知ったなら、私たちの心はどれほど大きな平安と喜びで満たされることでしょう。

 

6月9日のみことば

2017-06-09

「教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」(使徒言行録9:31)

これは初代教会の歩みの記録です。今朝は特に「聖霊の慰めを受け」に注目しましょう。聖霊、それは神の大いなる力です。子どもだった頃、泣いて帰ってきた私たちを母親は抱き頭を撫でてくれた時、私たちは深く慰められました。そのように神は私たちを側に呼び、抱き、慰めてくださるのです。その時私たちの心には新しい力が満ち溢れます。

6月7日のみことば

2017-06-07

「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(使徒言行録2:42)

これは初代教会の姿を表現したものです。使徒の教えを学ぶこと、信仰者としての交わり、「パンを裂く」とは主の晩餐式という儀式を守ること、そして互いのために神の恵みを祈り合うこと、それらに大事にしていたのです。武者小路実篤は自分の絵に「仲良きことは美しきかな」という言葉を書きましたが、初代教会の姿こそまさにそれでした。

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