日々のみことば

5月13日のみことば

2018-05-13

「あなたの戒めは/わたしを敵よりも知恵ある者とします。それはとこしえにわたしのものです」(詩編119:98)

信仰者を素直で騙されやすい人、純朴だが世俗の知恵には欠けている人と思ってはいけません。信仰者には究極の軍師がついてくださっているのです。それは神です。神の言葉が私たちを本当に賢く大胆な者とします。窮地に陥っても見事にそこから脱出し、平安の大地に立つことができるのです。「死の陰の谷を行く時も…災いを恐れない」(詩編23編)。

5月12日のみことば

2018-05-12

「わたしはあなたの律法を/どれほど愛していることでしょう。わたしは絶え間なくそれに心を砕いています」(詩編119:97)

誰も住まぬ家は荒れますし、防犯上危険でもあります。空虚な心も同じです。主イエスもマタイ12:43~45で、掃除をした上に整えられている空き家の危険性について話されました。この詩人は一日に何度も神の言葉を熟考すると言います。その時、心は平安と喜び、慰めと勇気で充満され、不平や不満、虚無感、憎しみや怒りが増殖する場はないのです。

5月11日のみことば

2018-05-11

「何事にも終りと果てがあるのをわたしは見ます。広大なのはあなたの戒めです」(詩編119:96)

「何事にも終わりと果てがある」、これについてカルヴァンは「完全さにおいて卓越せる人々のことを考えたが、彼らは神の言葉と比べれば無に等しかった」と説明しています。人は確かにある部分では専門家であっても、他の部分では素人なのです。それに比べると、神の知恵と力は何と広大なことでしょう。その神があなたを日々配慮されるのです。

5月10日のみことば

2018-05-10

「神に逆らう者はわたしを滅ぼそうと望んでいます。わたしはあなたの定めに英知を得ます」(詩編119:95)

今日の言葉は大げさではありません。オレオレ詐欺などが日常的、自分は大丈夫と思う気持ちが危ない。高齢者だけでなくみんなに必要なものは、落ち着きです。詩人は、神の言葉に心を向け、熟慮し、英知を得、進むべき道を見い出すと言います。「神の言葉はあらゆる攻勢に対して我々を守り支え、あらゆる恐れを鎮める力と効果を持つ」(カルヴァン)。

5月9日のみことば

2018-05-09

「わたしはあなたのもの。どうかお救いください。あなたの命令をわたしは尋ね求めます」(詩編119:94)

「私は〇〇学校の学生です」「私は〇〇国の国民です」という時、そこには自覚と誇りがあります。詩人が「わたしは神のもの」と言う時も自覚と誇りがあり、さらには神の守りと恵みへの確信があります。神のために生きる喜びもあります。カルヴァンは、神の戒めを守ろうとする熱心さが始まるのは、人が神の家人に加えられているから、と言います。

5月8日のみことば

2018-05-08

「わたしはあなたの命令をとこしえに忘れません/それによって命を得させてくださったのですから」(詩編119:93)

私たちの弱点は、忘れてよいことはいつまでも憶えており、憶えておかねばならないことはすぐに忘れてしまうことです。詩人は、喜びに満ちた生活を日々与えた神の恵みと慈しみの言葉を「とこしえに忘れません」と約束するのです。カルヴァンは「心のうちで神の言葉の記憶を涵養することが、いかに必要欠くべからざるものであるか」と諭告します。

5月7日のみことば

2018-05-07

「あなたの律法を楽しみとしていなければ/この苦しみにわたしは滅びていたことでしょう」(詩編119:92)

詩人は耐え難い苦しみの中にありました。どこにも喜びが見出せない状態でした。しかし実は彼にはただ一つの楽しみがありました。神の言葉です。それが彼の目に、耳に、そして心に印刻されるに及んで彼は深く慰められ、静かな喜びが沸き起こり、夜明けが近づくように明るい希望が沸き起こってきたのです。私たちにも同じことが生じるのです。

5月6日のみことば

2018-05-06

「この日に至るまで/あなたの裁きにつき従って来た人々は/すべてあなたの僕です」(詩編119:91)

「あなたの裁き」とは神の言葉であり、何が善で、何が悪かを明示するのです。神を信じ愛する者たちは、神が示されるこの善の道を今日に至るまで歩んできました。そして明日も歩もうと心に決めています。なぜならこの道こそ幸いを受ける道であることを知っているからです。この道を歩む者は決して孤独ではありません。多くの者が共に歩むのです。

5月5日のみことば

2018-05-05

「あなたへの信仰は代々に続き/あなたが固く立てられた地は堪えます」(詩編119:90)

「あなたへの信仰は代々に続き」とあります。信仰の存続は私たちの意志の強さや努力の大きさによらず、永遠に変わらない神の愛と恵みによるのです。神の恵みの御業は天においても地においても、私たちの生活においても日々行われ続けています。それが私たちの心に信仰を呼び越し、守り、育てているのです。使徒パウロも、いつまでも残るものの一つに信仰を上げ、その信仰から愛と希望が生じると告げています(Ⅰコリント13:13)。

5月4日のみことば

2018-05-04

「主よ、とこしえに/御言葉は天に確立しています」(詩編119:89)

永遠と思えた支配者の権力も、やがて滅び去ります。「彼のいた所を調べてみよ、彼は消え去っている」(詩編37:10)。「栄枯盛衰は世の習い」です。それに対し神の恩言葉は永遠です。だからその神の言葉に自分自身の存在をかけると詩人は言うのです。「この地上には、何ひとつとして確かなものが見えないので、詩人はわれわれの思いを神へと高挙し、そこに錨を下ろさせようするのである」(カルヴァン)。本当の平安はそこにあります。

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