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ルターの家庭

宗教改革者マルティン・ルターは1525年6月にカタリア・フォン・ボラと結婚しました。彼は妻を愛し、「わたしは妻をフランスともベネチアとも取り替えたくない」と言いました。彼は妻を「ケーテ」と呼び、時には「わたしの肋骨」とも呼びました。これは神が一人の女性エバを造りアダムのもとに連れてこられた時、アダム

「福音の種を蒔き続けよう」

マルコ福音書4章には有名な「種を蒔く人」のたとえ話が記されています。一人の農夫が種を蒔きました。道に落ちた種は鳥に食べられ、石地に落ちた種は熱のために枯れ、茨の中に落ちた種は成長を妨げられました。しかし良い地に落ちた種は育って30倍、60倍、100倍という驚くほどの実を結んだというのです。マルコ

花の日に寄せて

今年81才の先輩牧師????高圀彦先生より句集『その時…』を頂きました。公務員から牧師へ。そして伝道・牧会の現場でのさまざまな経験を詠んでおられます。家族や教会員に対する愛が随所に溢れています。ここでは特にご子息吉高叶牧師(現日本バプテスト連盟常務理事)を詠んだ短歌をご紹介します。産まれくる名は

「芸術としての教会」

神学者ユルゲン・モルトマンは『新しいライフスタイル』の中でこう言っています。「キリスト者は芸術家です。そしてキリスト者の芸術は、キリスト者の生活なのです。神によって生きる者の芸術、神とともに、神のために生きる芸術です。わたしたちは『生の芸術家』なのであって、一人びとりは自分の生を一つの芸術として描く

聖霊を受けなさい

教会暦によると今日は聖霊降臨日です。主イエスの弟子たちに聖霊が与えられ、初代の教会が誕生し、宣教の働きが力強く始まったことを記念する日です。しかし今日聖霊派の教会を除く多くの教会で聖霊への関心が薄れているように思います。もちろん私は聖霊派のようになればいいと言っているわけではありません。私たちは

母の日の由来

朝の情報番組で、「アメリカでも同じ日に母の日をやっているんですね」「日本と同じようにカーネーションを飾るんでしょうか」とやり取りしているのを見て驚くと同時に、由来を繰り返し語る大事さを痛感しました。アメリカのヴァージニア州ウェブスターのメソジスト教会にジャービスという、教会学校の教師を二六年

石の水がめ6つ

ヨハネ福音書二章には「カナの婚礼」の話が記されています。宴もたけなわという時に肝心のぶどう酒がなくなり、その危機を主イエスが救われたという奇跡物語です。これは主がなさった「最初のしるし」でした。主イエスが用いたのは、80~120リットルも入る石の水がめ六個でした。仮に100リットルとしても、全部

真に安らかに生きるために

草薙龍瞬という僧侶が書かれた『反応しない練習』という本があります。「ブッダの教えとは、心のムダな反応を止めることで、いっさいの悩み・苦しみを抜ける方法のことです」。確かに現代は情報過多の時代であり、一歩家を出るとありとあらゆる音に溢れ、そのほとんどは騒音です。そんなものにいちいち反応していたら身も心

聖書はわたしの宝物

私が初めて自分の聖書を手にしたのは、1959年2月23日、小学5年生の時でした。私はバプテスマを受けてクリスチャンになり、その記念に聖書を頂きました。それにエリザベス・ワットキンス宣教師が記念の言葉を書いてくださいました。小学生の私は英語の文章が分かりませんでしたが、後にそれが聖書の言葉であることを

「わたしの主、わたしの神よ」

ヨハネ福音書20章にはキリストの復活を信じられないディディモと呼ばれるトマスの姿が記されています。他の弟子たちは喜びで口々に「わたしたちは主を見た」と言うのですが、トマスは「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と

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