11月2日のみことば

「泉が踏み汚され、水源が荒らされる。神に従う人が神に逆らう者の前によろめく」(箴言25:26)

水源に人や獣が踏み込むと水は濁り飲めなくなります。同様に誠実に生きようとする人の生活が悪意の人によって乱されると、その人だけではなく、その人の属する共同体にとっても有害です。よろめかないために今日も神の言葉によって強められ、しっかり歩み、私たちの家庭や職場に神の恵みを豊かにもたらす役割を担いたいですね。

11月3日のみことば

「侵略されて城壁の滅びた町。自分の霊を制しえない人」(箴言25:28)

忍耐は賞賛に値します。自分の気持を制することができず、しばしば怒りを爆発させてい人は城壁を破壊された町に住む住民と同様危険です。私たちは本能や感情や迷いにひきまわされてはならないのです。箴言16:32には「忍耐は力の強さにまさる。自制の力は町を占領するにまさる」ともあります。日本の諺にも「ならぬ堪忍するが堪忍」(がまんできないことをこらえるのが、本当の忍耐というもの)と言います。

11月1日のみことば

「渇いた喉に冷い水、遠い地からの良い便り」(箴言25:25)

喉が渇いている時に与えられる水ほど美味しいものはありません。同様に待ちに待った便りが届いた時の喜びも嬉しいもの。ある注解者はこの箇所に「良い消息の効果」と見出しをつけています。遠い国からのニュースは得難かった時代に、それは想像以上に嬉しいことでした。現代はメールなど便利なものがありますが、しかし随分長くご無沙汰している人もあるかもしれません。今日は手紙か電話、メールでもしてみたらいかがでしょう。ところで、神様に随分長くご無沙汰ということはありませんか。祈りと礼拝を通して溢れるばかりの祝福を頂きましょう。

11月2日のみことば

「泉が踏み汚され、水源が荒らされる。神に従う人が神に逆らう者の前によろめく」(箴言25:26)

水源に人や獣が踏み込むと水は濁り飲めなくなります。同様に誠実に生きようとする人の生活が悪意の人によって乱されると、その人だけではなく、その人の属する共同体にとっても有害です。よろめかないために今日も神の言葉によって強められ、しっかり歩み、私たちの家庭や職場に神の恵みを豊かにもたらす役割を担いたいですね。

10月30日のみことば

「寒い日に衣を脱がせる者/ソーダの上に酢を注ぐ者/苦しむ心に向かって歌をうたう者」(箴言25:20)

不適切な対処に対する警告です。ソーダに酢を注ぐと泡立って周囲を汚しますし、寒い日に着ている衣服を脱がせると彼は風邪をひいてしまいます。そんな時はもう一枚衣服を着せるべきです。辛い思いをしている人のそばで鼻歌を歌えば、さらに悲しみに突き落とすことになります。歌うにふさわしい時があるはず。使徒パウロは「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ12:15)と言います。共苦共感こそ大切。

11月1日のみことば

「渇いた喉に冷い水、遠い地からの良い便り」(箴言25:25)

喉が渇いている時に与えられる水ほど美味しいものはありません。同様に待ちに待った便りが届いた時の喜びも嬉しいもの。ある注解者はこの箇所に「良い消息の効果」と見出しをつけています。遠い国からのニュースは得難かった時代に、それは想像以上に嬉しいことでした。現代はメールなど便利なものがありますが、しかし随分長くご無沙汰している人もあるかもしれません。今日は手紙か電話、メールでもしてみたらいかがでしょう。ところで、神様に随分長くご無沙汰ということはありませんか。祈りと礼拝を通して溢れるばかりの祝福を頂きましょう。

10月30日のみことば

「悪い歯、よろめく足/苦難の襲うとき、欺く者を頼りにすること」(箴言25:19)

「信頼の置き所を間違えるな」と知恵の教師は警告します。悪い歯に信頼して堅い物をかむ人は愚かですし、年をとって膝が痛んでいるのに昔は元気だったといって飛んだり跳ねたりする人も愚かです。同様に苦難の時に、これまで私たちをしばしば欺いてきた人に信頼することはもっと愚かです。その人はきっと今度も裏切られ、苦い思いをするに違いありません。主イエスに信頼しましょう。彼は私たちをご自分のもとに招き、休ませ、新しい力で満たし、確かな祝福へ導いてくださいますから。

TOP