「しかし、お言葉ですから」

ルカ福音書5章には、一晩労しても何も獲れなかったペトロに、主イエスがもう一度漁をするよう促されたことが記されています。ペトロは「わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから…」と答え従いました。結果は大漁でした。

ここには信仰生活にとって大切なことが記されています。私たちはしばしば「お言葉ですが…」と言います。しかし本当の祝福は「お言葉ですから…」という姿勢から始まるのです。

エデンの園でサタンはエバに「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」(創世記3:1)と疑問を呈しました。アダムとエバはそれに同意し、木の実を取って食べたのです。主イエスは荒野でサタンの誘惑を受けました。しかし主イエスは、三つの誘惑にそれぞれ「・・・と聖書に書いてある」(マタイ4:4、6、10)とお答えになり、サタンを退けられました。

K・バルトは「御言葉に反対する一切に抗して・決定的に・ひたすら・徹底的に神の約束と教示に固着する」ことの大切さを教えています。神の言葉に従う者でありたいと思います。