「主の業に励みなさい」

全ての福音書は主イエスの十字架上の死を記しています。しかしそこで筆を置かず、そのイエスを父なる神が復活させられたと告げているのです。復活がなければ十字架の死は愛に生き愛に死んだイエスの美しい美談で終わってしまいます。復活があるからこそ、イエスの死は意味のある死、即ち「神はおられる」という存在証明であり、「父よ、彼らをお赦しください」という主イエスの祈りへの神の応答となるのです。

もう一つ注目すべきことは、復活のイエスは弟子たちに再び使命―福音宣教と牧会―をお与えになるということです。神学者H・ティーリケはこう言っています。

弟子たちの裏切りに復讐するかわりに、イエスは『やすかれ』と挨拶して彼らのところにやってきます。彼らを赦し、自分を拒否した人々を再び受け入れます。そして同時にイエスは彼らを派遣します。赦しと派遣とは切り離すことができません。両者は、すべての聖書の記事を通じて終始一貫しています。そのようにして受け入れられまた派遣された弟子たちの使信には、…死に打ち勝ったイエスの勝利ということが含まれているのです。

使徒パウロは「こういうわけですから、動かされないようにしっかりと立ち、主の業に常に励みなさい」(Ⅰコリント15:58)と激励しているのです。

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