臆病の霊ではなく

テモテへの手紙は使徒パウロが愛弟子テモテに宛てて書いたとされており、テモテに対する温かい励ましに満ちています。Ⅱテモテ1:7のことばです。

神は、臆病の霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。

臆病とは軍勢のような大きな力の前で自由に伸びやかに動くことができなくなることです。漢和辞典によると、「臆」は「月(肉)」と「意」が合わさり、いろいろな思いで胸がつかえ、それが習慣・病の状態にあることだと言います。

神は私たちに「力と愛と思慮分別の霊」をくださいます。「力」と「思慮分別」の間に「愛」があるのはどういう意味でしょうか。「力」が「粗暴」にならないように「愛」が制御し、「思慮分別」が「臆病」にならないように「愛」が励ましているのです。

さらにⅡテモテ1:8でこう言っています。

わたしたちの主を証することも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。

私たちが中高生の頃、少年会の聖句は「わたしたちはキリストの使者なのである」(Ⅱコリント5:20)、標語は「キリストの大使」、バッジは「RA」(Royal Ambassador)でした。私たちは誇りをもって生きるように教えられ励まされたのです。

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