メッセージ

「何が人生に重要であるか」

2017-07-26

聖路加国際病院名誉院長・日野原重明先生が7月18日召されました。享年105歳。

少年期を神戸で過ごし、京都帝大(現京都大)を卒業。1941年から聖路加国際病院に勤めた。早くから予防医学に取り組み、54年には同病院が人間ドックを先駆的に開設するのに携わった。成人病に代わる呼称として「習慣病」を提案し、後に「生活習慣病」に名称が変わる契機をつくったとされる。米国留学などで学んだ医療の在り方や医療者教育を取り入れ、「患者本位の医療」を提唱。2000年には、全国の75歳以上の元気な人に呼びかけて「新老人の会」を設立。高齢者が積極的に社会に参加、貢献する意義を説いた。(西日本新聞)

日野原先生が私たちの教会に来て講演してくださったのは1997年10月5日㈰。86才の先生がお一人で来福され、説教が終わると「夕方から会議がありますから」と颯爽と戻って行かれたお姿を思い出します。

「与えられた命をどう生きるかが自分の義務であり、行動の中に喜びが生まれる。」

見習うべき点の多い先生でした。

「母たちへの講演」

2017-07-26

久留米教会付設めぐみの園の働きに長年携わった吉田亮子さんの「子育ておすすめ9か条」は、子育てや幼児教育40年の体験から生まれたもので、とても説得力があります。第1条は「母さんはあなたがだぁいすき」。

二学期に入ってなぜか乱暴なAちゃん。「夏休みに何かありましたか?」「いいえ、特に思いつきません」。しかし数日後母親は園にやってきました。忙しい時に限ってまとわりついてくるA、いらいらしてつい口走った。「あんたやら好かん。どっか行って!」。以来子どもはもっとひざにまとわりついて言うのです。「母さん、ぼく、好かんと? ねえ、ぼく好かんとね?」。亮子先生「多分それやろうねぇ。母の《のろいの言葉》が子を傷つけてしまったことを肝に銘じてね。園から子どもが帰ってきたら、まずだっこして『母さんはAがだぁいすき』から始めましょうよ」。Aちゃんは一週間もしないうちに落ち着きを取り戻したのでした。

親と子の関係、言葉の持つ力を教えられました。神と私たちの関係も同じです。神は私たちを親以上に愛しておられます。

「神の御言葉を賛美します」

2017-07-26

詩編58:11にはこう記されています。「神の御言葉を賛美します。主の御言葉を賛美します。」

神の言葉は必ず実現するのです。私たちに必要なのはその言葉に信頼することです。

ルカ1章5~21節は祭司ザカリヤと天使ガブリエルの対話です。ガブリエルは「ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい」と告げました。しかしザカリアは自分たち夫婦がすでに老齢であることを理由に疑念を表明したのです。すると天使は「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる」と言いました。後日この約束が成就した時、妻エリサベトはこう告白します。「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」。

時が来れば必ず実現する神の言葉に信頼して賛美する者でありたいと思います。

 

「ミケランジェロが見たもの」

2017-07-03

ミケランジェロに関してこんな話を読みました。ある日、友人と山を歩いていた時、ミケランジェロは突然道の真ん中に立ち止まり、まるで魔法にかけられたように前方をじっと見つめていました。彼の視線の先には大きな花崗岩があり、ミケランジェロはそれを食い入るように凝視していました。「何を見ているのか」と尋ねた友人に、「この石の中に天使が見える。それを僕は槌とノミで掘り起こすことができる」と答えたのです。

主イエスの最初の弟子シモンはガリラヤ湖の漁師でした。人々の目には威勢のよい漁師にしか見えませんでした。しかし主イエスの目はやがて教会の働きを担って立つ大きな岩を見通しておられたのです。主イエスは「人間をとる漁師にしよう」と彼を招き、「ペトロ」というニックネームをつけられました。ペトロとは「大きな岩」という意味です。

主イエスは私たちにも目を注いでおられます。私たちの中に将来主の働きを喜んで担う姿をご覧になっているのではないでしょうか。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(マルコ1:17)。

もしも

2017-06-30

もしも この地球の上に
こどもがいなかったら
おとなばかりで
としよりばかりで
おとなはみんなむっつりとなり
としよりはみんな泣き顔となり
地球はすっかり色をうしない
つまらぬ土くれとなるでしょう

こどもはとです
こどもはアコーディオンです
こどもは金のゆびわです

とびます 歌います 光ります
地球をたのしくにぎやかに
いきいきとさせて
こどもは
とびます 歌います 光ります
こどもがいなかったら
地球はつまらない土くれです

(竹中郁少年詩集『子ども闘牛士』より)

信仰と芸術

2017-06-24

もう随分前になりますが、「信仰と芸術」というテーマで夕礼拝を守りました。信仰と文学(斎藤末広先生)、信仰と音楽(古澤嘉生先生)、そして信仰と彫刻(片山博詞先生)。多くの方が参加してくださいました。

最近日本聖書協会から鈴木範久先生の『聖書を読んだ30人―夏目漱石から山本五十六まで』が出版されました。これは聖書協会の雑誌『SOWER』(ソア=種まく人)に連載されたものです。取り上げられている作家は夏目漱石、太宰治、高村光太郎、川端康成、倉田百三、芥川龍之介、堀辰雄、萩原朔太郎、八木重吉です。聖書の言葉は作家の魂にインスピレーションを与えるのでしょう。

音楽も同様でしょう。今年10月29日㈰午後2時よりオルガン完成を記念し椎名雄一郎氏によるオルガン演奏会を行う予定です。同氏はバッハの全曲を演奏された方です。

以前片山博詞先生のお話を伺った時、優れた作品の背後にある祈りを感じて感動しました。先生の図録には「祈りの形象 新しい意味を紡ぐ」とあります。今回皆様と共にお話を拝聴できることを感謝しています。

交読文 栄光の讃美(グローリア)

2017-05-30

司式 いと高きところには、神に栄光がありますように、
会衆 地にある神の民に、平和がありますように。
司式 私たちの主なる神、天にいます王、全能の父なる神よ、
会衆 私たちはあなたを崇め、あなたに感謝し、あなたの栄光を讃えて讃美をささげます。
司式 父なる神の独り子、主イエス・キリストよ、
会衆 主なる神、神の小羊、
司式 あなたは世の罪を取り除かれます。
会衆 主よ、私たちをあわれんでください。
司式 世の罪を取り除かれる主よ、
会衆 私たちをあわれんでください。
司式 父なる神の右にいます主よ、
会衆 私たちをあわれんでください。
司式 ただあなただけが聖なるかた、あなただけがわたしたちの主。
会衆 ただあなただけがいと高き主イエス・キリスト。
一同 主よ、今わたしたちは心からの喜びをもってこのオルガンをあなたに献げます。聖霊と共に、父なる神と共にいます主に、栄光がありますように。アーメン。
(オルガン奉献礼拝においてこの交読文を用いました)

 

「手を置いて祝福された」

2017-05-30

マルコ福音書10章には、主イエスが子どもたちを祝福されたことが記されています。子どもたちを主イエスの元に連れてきた親たちの願いは「イエスに触れていただくため」でした。けれども弟子たちは場をわきまえない大人たちを叱りました。ところが主イエスは逆に弟子たちを叱り、幼子を側に招き、しっかりと抱き上げ、手を置いて繰り返し祝福されたのです。主イエスのこの手を子どもたちは生涯忘れなかったことでしょう。

インターネット上に10人の画家による「子供たちを祝福するキリスト」がありますが、私はフリッツ・フォン・ウーデ(1848~1911)の作品が好きです。主イエスの手の優しさが印象的です。

「手は語る」と言います。子どもたちに置かれた主イエスの手は何を語っていたのでしょうか。「あなたは神によって創造された尊い存在だよ」「神はあなたを心から愛しておられます」「あなたは自分を大切しなさい、そしてあなたの隣人もね」ということではないでしょうか。私たちの手も主イエスの手のようでありたいと心から思います。

オルガン奉献礼拝交読文 栄光の讃美

2017-05-23

司式 いと高きところには、神に栄光がありますように、

会衆 地にある神の民に、平和がありますように。

司式 私たちの主なる神、天にいます王、全能の父なる神よ、

会衆 私たちはあなたを崇め、あなたに感謝し、あなたの栄光を讃えて
讃美をささげます。

司式 父なる神の独り子、主イエス・キリストよ、

会衆 主なる神、神の小羊、

司式 あなたは世の罪を取り除かれます。

会衆 主よ、私たちをあわれんでください。

司式 世の罪を取り除かれる主よ、

会衆 私たちをあわれんでください。

司式 ただあなただけが聖なるかた、あなただけがわたしたちの主。

会衆 ただあなただけがいと高き主キリスト。

一同 主よ、今わたしたちは心からの喜びをもってこのオルガンをあな
たに献げます。聖霊と共に、父なる神と共にいます主に、栄光が
ありますよう に。アーメン。

「あなたの父母を敬え」

2017-05-15

神は奴隷であった民を自由の地へと導き出し、生きる指針として十戒をお与えになりました。それは自由の大憲章であり、彼らを育て上げる創造力を持つものでした。十戒の前半四つは神との関係についての掟ですが、後の六つは人との関係についての掟です。

人間関係の最初の掟が「あなたの父母を敬え」です。「私をこの世に生み、育ててくれた父母を神からの賜物として重んじ、尊びたいと思います。若い日には父母を通して主を恐れる道を学び、壮年の日には父母と共に生き、やがて年老いた父母を大事にしなければなりません」(現代キリスト教問答)。

神の家族である教会には別の母もいます。主イエスは「だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母なのである」(マルコ12:49)と言われました。使徒パウロもルフォスの母についてこう言っています。「彼女はわたしにとっても母なのです」(ローマ16:12)。

私たちの教会にもそのような母たちがいます。教会は母たちの笑顔と働きにどれほど励まされ支えられていることでしょう。

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