「幸福な老人たち」

 旧約聖書に登場する二人の老人について学びましょう。一人はアブラハムです。「アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた」(創世記24:11)。若い頃のアブラハムは魅力的でしたが、老人となり神の祝福に包まれるアブラハムも捨てたものではありません。イエルク・ツィンクは『わたしはよろこんで歳をとりたい』で次のように言います。「わたしたちが生きている限り、神はわたしたちに働きかけてくださる。そして神が働いてくださるところにはつねに、新しいこと、力に満ち、ゆるし、いやすものが育っている」。アブラハム同様私たちも年をとっても希望を失う必要はないのです。

 もう一人はヨシュアです。「ヨシュアは、長老、長、裁判人、役人を含む全イスラエルを呼び寄せて、言った。「わたしは年を重ね、老人となった…」(ヨシュア23:2)。私たちはしばしば若者ヨシュアの雄々しい姿を思い出しますが、彼も老人になったのです。彼は「あなたたちの神、主があなたたちのために…行われたことを、ことごとくあなたたちは見てきた」と言います。老人ヨシュアも神の恵みの数々を経験してきたのです。神の恵みを正しく記憶する人こそ真に幸福な人なのです。(踊)