巻頭言「主イエス・キリストを伝えよう」

 福音宣教は主イエス・キリストから教会に託された大切な務めです。「伝道とは、他の問題に対処した後でゆとりがあれば行う、付け足しのようなものではない。むしろ教会の中心的なもの、教会のいのちを形作り、原動力となるものと見なすべきだ」(N・T・ライト『驚くべき希望』)。  新型コロナウイルス感染禍にありながらも、私たちはこの使命を忘れず、感染防止に十分注意を払いつつ、工夫しながら日々福音を伝える働きに当 ...
続きを読む
/ メッセージ

巻頭言「キリストと結ばれる人はだれでも」

 コリントの信徒への手紙Ⅱはパウロが紀元54年頃、エフェソで書いた手紙です。特に5:17は多くの人に愛唱されている有名な言葉です。   だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。    古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。  パウロは十字架のキリストを救い主と信じる者たちを迫害した人物でした。しかしその彼が復活のキリストに出会って回心し、十字架と復活のキリストを宣教す ...
続きを読む
/ メッセージ

「嘆きから賛美へ」

 かつて深い悲しみにあった人が、今大きな喜びの中にあるなら、私たちは、「かつて」と「今」の間できっと何か素晴らしい出来事を経験したに違いないと考えるのではないでしょうか。  ルカ福音書24章13節以降に記されているクレオパともう一人の弟子は「暗い顔」をしてエマオに向かっていたのです。その彼らの心が燃え、大喜びでエルサレムに戻り、他の弟子たちと喜びを分かち合ったのです。それは彼らが復活された主イエス ...
続きを読む
/ メッセージ

「起き上がり小法師」

 キリスト教書評誌「本のひろば」に『起き上がり小法師』という絵本が紹介されていました。「こぼし」はこういう字を書くのだと初めて知り、読んでみたいと思いました。  自転車事故に遭い頭部外傷をうけた作者は、生死の境をさまよい、やがて目が覚めたのですが、話そうとしても言葉にならず、手を動かそうとしても動かない。「私の手はどうなったの?」。そんな彼女の側でお母さんはずっと体をさすってくれました。   ちゃ ...
続きを読む
/ メッセージ

巻頭言「聖なる神殿となる」

 使徒パウロは教会を「聖なる神殿」(エフェソ2:21)と呼んでいます。この言葉に出会う時、私はサグラダ・ファミリア贖罪教会の二代目建築家アントニオ・ガウディの次の言葉を思い出すのです。 私はこの《聖堂》を完成させることができないことは、悲しむべきことではない。私は年齢を重 ねていく。代わって、この聖堂を再び始める他の者たちが現れるだろう。このようにして、聖堂はさらに壮麗なものとなろう。例えば、タラ ...
続きを読む
/ メッセージ