新しい言葉を全世界に

「その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである」(マルコ16:14) 「かたくなな心」とは乾燥して固くなった心、マルコ四章の譬えで言うと「道端」のような心で、そこに蒔かれた種は鳥が食べてしまうのです。主はそれを「おとがめ」になります。厳しいことですが、私たちが良い地となリ、豊かな実を結ぶ ...
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ガリラヤでお目にかかれる

マルコとマタイの福音書は主と弟子たちの再会の場はガリラヤであるのと告げ、ルカ福音書は弟子たちにエルサレムに留まるよう促しています。 ルカは、福音はエルサレムから全世界に向かって扇状に拡大するという神学を持っているのです。それに対し、マルコとマタイはガリラヤこそ主イエスが福音宣教を開始され、弟子たちを招かれた聖なる記念の場所だと考えています。エルサレムでは弟子たちは失敗続きでした。彼らはゲッセマネの ...
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マタイ受難曲と私

「マタイ受難曲」は、バッハが亡くなった後しばらくは上演されず埋もれていました。当時の礼拝用音楽はそういうものだったようです。しかしその素晴らしさに気づき、再び演奏を試みたのはメンデルスゾーンでした。1829年、20才の彼はベルリンのコンサートホールで自ら指揮してこの曲を上演したのです。会場にはプロイセン国王、作家ハイネ、哲学者ヘーゲルなどがおり、詰めかけた人々は感動、受難曲はもちろんバッハの教会音 ...
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主の十字架の前に立って 2020.4.5

主は十字架上で七つの言葉を語られました。 第一の言葉(ルカ23:34)  「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」 第二の言葉(ルカ23:43)  「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」 第三の言葉(ヨハネ19:26~27)  「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」「見なさい。あなたの母です」 第四の言葉(マタイ27:46)  「わが神、わが神、 ...
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「マルコ福音書と私たち」

マルコ福音書は紀元七〇年代に最初に書かれた福音書、「詳細な導入部をもった受難物語」です。内容は大きく分けて一章一五節までは序論、九章まではガリラヤとその周辺の異邦人の地での活動、一〇章はエルサレムへの旅、その後にエルサレムでの受難と復活が記されています。 著者は主イエスを取り巻く人々の心の動きを丁寧に描写しています。ガリラヤ湖畔でパンと魚を食べ、病人たちの癒しを目撃した群衆の驚きと信仰への萌芽、驚 ...
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