メッセージ

巻頭言「分かるということ」

 主イエスは多くのたとえを用いてお教えになり、こう尋ねられました。「あなたがたは、これらのことがみな分かったか」。それに対して弟子たちは「分かりました」と答えました(マタイ3:51)。弟子たちの心には福音の真理が分かった喜びが溢れていたのではないでしょうか。「分かる」ということは大きな喜びなのです。

 佐伯胖(ゆたか)先生の著書『「わかる」ということ』の次の言葉が心に響きました。
   今日、親と子が一緒になって、ものごとを「わかり直し」てみたり、「ほんとうのこと」に考
えあったり、「すばらしいこと」に感動しあったりすることがなくなっているのです。・・・
なるほど確かにそうだった、本当にそうだったと叫び出したくなるような
経験を持つことが家
庭の中から失われています。・・・もう一度「わかり直す」よろこび
を味わおうではありませ
んか。

 主イエスは身近な草花や日常生活を通して神の恵み深さを弟子たちや群衆に示されました。彼らが経験したことは、まさに叫び出したくなるような神の愛の体験だったにちがいありません。(踊)

 

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