メッセージ

救いを受けしはみ恵みなりき

私はクリスチャン三代目になります。初穂である祖父母がどのようにして主キリストへの信仰に導かれたのか、この信仰がどのようにして家族に伝わったのか、さらに父がどういう仕方で信仰へ、そして牧師へと導かれたのか、また私自身のこと、長男の献身について一連の流れとして考えてみました。

この機会に父の入信と献身の経緯について記した文書を改めて読みました。親がクリスチャンだったから自動的にということではなかったことを知りました。父なりに聖書との真剣な対話を繰り返して入信し、更に献身に導かれたのでした。それは私と長男についても言えることです。神はそれぞれに相応しい仕方で出会い、語りかけ、信仰へ、献身へと導かれたのです。

父の最期の病床での言葉は「ああ、楽しかった」でした。次の讃美歌の歌詞は父の実感だったことでしょう。「いのちのきずなの絶たるる日はあらん、そのとききたらばみくににのぼりて、したしくわが主に告げまつらまほし、『すくいをうけしはみ恵みなりき』と。」(讃美歌518番/54年版)

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