8月7日のみことば

「アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと」(イザヤ2:1)

「幻」と言えば、私たちは織田信長が折々に口ずさんだと言われる幸若舞「敦盛」の一節を思い出します。「人間五十年下天の内をくらぶれば夢まぼろしの如くなり」。「夢まぼろし」とは儚いものという意味です。しかしイザヤの「幻」は神ご自身がお考えを示される手段であり、預言者にとっては重要なもの、神が示してくださる確かな未来の展望でした。私たちも神が聖書を通して示してくださる将来の案内図に信頼して歩みたいものです。

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