「福音宣教と執事」
使徒言行録を読んで印象的なのは、主イエスを信じる人々が次々に起こされたことです。聖霊降臨後のペトロの宣教を聞いて「三千人ほどが仲間に加わった」(使徒言行録2:41)とあり、ペトロが足の不自由な人を癒したことをきっかけに入信した人は男性だけで「五千人ほどになった」(同4:4)と記されています。この
使徒言行録を読んで印象的なのは、主イエスを信じる人々が次々に起こされたことです。聖霊降臨後のペトロの宣教を聞いて「三千人ほどが仲間に加わった」(使徒言行録2:41)とあり、ペトロが足の不自由な人を癒したことをきっかけに入信した人は男性だけで「五千人ほどになった」(同4:4)と記されています。この
ルカ福音書3章にはバプテスマのヨハネのことが記されています。彼はイエス・キリストの先駆者であり、救いへの道備えをした人です。荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の
マタイ福音書15:29以下を見ると、ガリラヤ湖畔の小高い丘は病む人の癒し場です。イエスは…ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして山に登って座っておられた。大勢の群衆が…多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。またこの小高い丘は空腹の人々への給食の
ルカ福音書5章には、一晩労しても何も獲れなかったペトロに、主イエスがもう一度漁をするよう促されたことが記されています。ペトロは「わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから…」と答え従いました。結果は大漁でした。ここには信仰生活にとって大切なことが記されていま
聖書にはしばしば不思議に思う箇所があります。その時は納得しても、しばらく経つと再び疑問が生じる、マタイ20:1~15の「ぶどう園の労働者」もその一つです。ぶどうの収穫時期、園の主人は夜明けに労働者を雇うために広場に行き、一日1デナリオンの約束で労働者を大勢雇い入れます。主人はさらに9時、12時、
筑紫野南キリスト教会が教会堂を建てた時、全教会員がそれぞれ小石に自分の名前を書き、それを建物の基礎部分に置いたそうです。その背景にはマタイ16:18のみ言葉があったのでしょう。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。私のデス
12月7日、沖縄宜野湾市の緑が丘保育園の屋根に米軍のヘリの部品が落下しました。この保育園はかつて当教会で研修された神谷武宏牧師が園長をしています。あと50センチずれていたら園庭で遊んでいた園児を直撃したかもしれません。それなのに神谷牧師のもとには「自作自演だろう」との誹謗中傷の電話やメールが数十件寄
キリスト降誕物語はマタイ福音書とルカ福音書に記されています。ルカ福音書ではベツレヘムの羊飼いたちが幼子のもとに、マタイでは東方の博士たちが来訪します。ルカはこの幼子キリストの救いは社会の底辺にまで及ぶことを告げ、マタイは異邦人にまで及ぶことを告げているのです。まさにこの幼子キリストこそ全世界に救いを
父なる神よ、過ぎ去った日々を思い起こします。幸福な日々を与えられ、新しいことを学び、新しい友を与えられ、古き友と親しみました。今、思い起こし、喜びに満ちて感謝を捧げます。困難なことに直面し、苦しみ、しかしそれによって賢くなり、失敗や失望を一つ一つ味わって謙遜な心になり、危険に出会って私たちがあ
父なる神よ、進歩のない生活を送ることがないようにしてください。経験から学んで、同じ過ちを繰り返さず、同じ誘惑に陥らず、同じ過ちによって自分や人々の生活を損なうことがないようにしてください。常に上を見上げ、常に前に進み、年毎に私たちの生活が御旨に近づくものとなるようにしてください。この年、勤勉に