「あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる」(マタイ6:7)
長い流暢な祈りもいいでしょう。しかし言葉にならなくても、また短いけれど真実がこもっている祈りもあるのではないでしょうか。神学者イェルク・ツインクは『祈りを求めて』の中で「祈るとは、言葉を発することであるよりはむしろ耳を傾けることである。要するに、ともかく神の前にいることである」と記しています。神の愛で神の言葉に聞き入ること、これ以上の喜びがあるでしょうか。