4月12日(日)イースター礼拝(週報と巻頭言)

〈イースター〉主日礼拝    4月12日(日)午前10時30分

福岡地方にも緊急事態宣言が出されているためユーチューブによる礼拝配信を行います。

https://www.youtube.com/channel/UCpunloxCVF2_yFUCk9P22Tg/featured

10時30分~11時30分まで礼拝堂を解放しています。祈りの時をお持ちください。

 

前奏 「主は死の縄目につきたまいしが」バッハ   踊純子姉

聖書 マタイによる福音書28章1~10節

さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」 婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」

説教 「イエスが行く手に立っていて」  踊一郎牧師
祝祷                  踊一郎牧師

巻頭言「マタイ受難曲と私」

 「マタイ受難曲」は、バッハが亡くなった後しばらくは上演されず埋もれていました。当時の礼拝用音楽はそういうものだったようです。しかしその素晴らしさに気づき、再び演奏を試みたのはメンデルスゾーンでした。1829年、20才の彼はベルリンのコンサートホールで自ら指揮してこの曲を上演したのです。会場にはプロイセン国王、作家ハイネ、哲学者ヘーゲルなどがおり、詰めかけた人々は感動、受難曲はもちろんバッハの教会音楽の価値が見直されるようになりました。

 今年の受難節、私は例年以上にバッハの「マタイ受難曲」を聴きました。「信徒の友」(2020年4月号)の特集が「マタイ受難曲を聴こう」だったこと、それ以上に新型コロナウイルスがもたらす混乱や不安を心から払拭したい思いが強かったのかもしれません。

 バッハの「マタイ受難曲」は音による〈福音書〉〈信仰書〉〈神学書〉でさえあると思います。私はこの曲を通して十字架の主の愛を再確信しました。今の緊急事態にも関わらず私は大きな平安を得たのです。イースターの朝、主キリストのご復活を静かに祝いつつ、兄弟姉妹とともに献身の思いを新たにしたいと願っています。(踊)