6月21日(日)の主日礼拝案内

ユーチューブ礼拝(第11回、2020.6.21 主日礼拝)

 

〔主日礼拝式次第〕

主日礼拝Ⅰ        6月21日㈰午前10時半

主日礼拝Ⅱ        6月21日㈰午後1時半

前奏 「来ませ聖霊、創造主なる神よ」グレゴリオ聖歌/パッヘルベル

招詞

頌栄 P543番(主イエスのめぐみよ)

告祷

聖書 詩編1編1~6節

公祷

献金 「来ませ聖霊、主なる神よ」シャーデ  青年会(兄弟会)

説教 「詩編とカルヴァンと私」    踊 一郎牧師

讃美 346番(来たれ聖霊よ)

祝祷                 踊 一郎牧師

報告

後奏 「来ませ聖霊、創造主なる神よ」バッハ                      

 

祈りの課題

 ・一週間の歩みを守り導いてくださった主に感謝を捧げ、新しい週の導きと祝福を祈りましょう。

 ・高齢者や病床の方々のために祈りましょう。

 ・医療に従事する方々のために祈りましょう。

 

〔巻頭言〕「愛はあきらめない」(横田早紀江)

突然、愛する者が煙のように姿を消してしまった。にわかには信じられない、受け入れがたこ

とでした。どんなに苦しくて、耐えがたいことでしょう。娘のめぐみがこつ然と姿を消してしま

った頃のさまざまなことが、ふと心によみがえりました。「どうか生きていて!」と絶叫したく

なるような気持ちで、私は毎日娘を捜し回りました。何の手がかりもなく、時間だけが過ぎまし

た。生きる望みが絶たれたようで、心にむなしさが満ちるばかりでした。

 そんな時、私は一冊の聖書を頂きました。「悲しみの最中、どうしてこんなに分厚い本を読む

ことができるものですか」と思いましたが、涙にくれるしかない私は何気なくページをめくっ

て、ヨブ記というところを読み始めたのです。

 ヨブという人は、信仰の篤い正しい人でしたが、子どもたちを一度に亡くし、すべての財産を

失い、自らも重い病に冒されます。あまりの悲惨さに、時には生まれたことを呪い、神に恨み言

も言います。しかし、最後まで神に目を向けて苦難の時を通り抜けるのです。

 どんな苦難の中でも、神を信頼するヨブの姿に、言いようもない感動を覚えました。ヨブはこ

う言っています。「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、

主は取られる。主の御名はほむべきかな」。このことばに、私は引きつけられました。

 さらに読み進んでいくと、聖書の一つ一つのことばは私の魂に、痛みとともに心地よくしみま

した。人を超えた深く大いなるもの、真実の神の存在を感じたのです。めぐみがいなくなって以

来、ほんとうに久しぶりに深呼吸ができたことを覚えています。

 少しずつ聖書を知るうちに、自分のちっぽけさや、汚さに気づかされてきました。そして私の

ように罪ある全ての人間を救うため、キリストが十字架の苦しみを体験され、血を流してくださ

ったことを知り、深い感動を覚えました。

「神様、私はほんとうにあなたを知ろうともしない罪深い、生まれながらのわがまま者です。人

知の及ばないところにあるあなたのご存在は、この世の悲しみ、苦しみ、全てのものをのみ込ん

でおられることを信じます。めぐみの悲しい人生も、この小さな者には介入できない問題である

ことを知りました」。こうして、私は神を受けれました。

(横田早紀江『愛は、あきらめない』より)