9月20日(日)の主日礼拝へのお誘い

〈教会学校月間〉主日礼拝Ⅰ 9月20日(日)午前10時半 
〈教会学校月間〉主日礼拝Ⅱ 9月20日(日)午後1時半
前奏 「愛するイエスよ、我らみ前に」バッハ
招詞
頌栄 541番(父、み子、みたまの)
告祷
聖書 マルコによる福音書8章14~21節
公祷
献金 「我は主なる神に望みをおきたり」クリストフ・バッハ 少年少女会(姉妹会)
説教 「主の励ましを受けて」        踊 一郎牧師
讃美 55番(人となりたる神のことば)
祝祷                    踊 一郎牧師
報告
後奏 「アダージョ カンタービレ」タルティーニ

 

自由祈祷日         9月23日㈬午前10時半
自由祈祷の時間を守っています。受付の聖書日課「みことばの落穂ひろい」を読みお祈りください。牧師面会日でもありますので相談のある方、共に祈りたい方はご遠慮なくお申し出ください。

 

祈りの課題
・九月は教会学校月間です。各クラスの奉仕者と共に学ぶ方に豊かな祝福がありますように。
・新型コロナウイルス感染が一日も早く終息しますように、そのために働いている医療従事者
 が守られますように。
・西南幼稚園に集う園児、家族、教職員が新型コロナから守らますように。

 

夏期献金への協力に感謝します
目標までもう一歩となりました。引き続き皆様の祈りと協力をお願いします。献金袋のない方は受付にありますのでご利用ください。(財務委員会)

 

巻頭言「まだ悟らないのか」
 マルコ福音書6章30節以降には5千人以上の人々への給食物語が、8章1節以降には4千人以上の人々への給食物語が記されています。前者の時には残りのパンは一二の籠いっぱいに、後者は残りのパンは七つの籠いっぱいになりました。
 著者はどうして類似した物語を二度も記したのでしょうか。それは、私たちが神の愛と力の大きさを知り、主なる神に本気で信頼するよう教えるためだったのではないでしょうか。
  まだ、分からないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見
  えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか」「まだ悟らないのか」
      (マルコ8章17~18、21節)
 著者が伝えたいもう一つの大事なこと、それは籠の違いに関係があります。5千人の時の籠は一人ひとりが持つ携帯用の籠であり、4千人の時の籠は家庭などで用いる食料保存用の大きな籠です。パンとは人を生かす神の言葉のことです。一人ひとりのキリスト者が持つ小さな籠にはいつでも人々に届けることができる神の言葉が入っており、教会の大きな籠には神の言葉がいつも豊かに蓄えられているということなのです。