主イエスが商人たちをエルサレム神殿から追い出された出来事はすべての福音書に記されています。なぜ主は宮清めをなさったのでしょうか。
当時のエルサレム神殿の構造を見ますと、最も外側に異邦人の庭、その内側に女性の庭、イスラエル男性の庭、祭司の庭、最も奥に至聖所がありました。
異邦人の庭と神殿造営物の間の垣にはラテン語とギリシャ語で次の禁令が掲げられていました。「異邦人は神殿の周囲にめぐらされた垣より中に入ってはならない。これを犯す者は死をもって罰せられる」。
捧げものについてもルールがありました。捧げる動物は傷のないものでなければならず、礼拝者の便宜のためという名目で祭司による検定済の動物が準備されていて、それは高価でした。献金の貨幣もユダヤのシケル銀貨でなければならず、ローマのデナリオンやギリシャのドラクメは高い手数料を払ってシケルに交換しなければなりませんでした。
これらは礼拝者の便宜を図るという理由から始まったのかもしれませんが、主イエス時代にはかえって真の礼拝を妨げるものとなっていたのです。主の批判はまさにそこにありました。「わたしの家はすべての民の祈りの家と呼ばれる」(イザヤ56:7)。神はすべての人を救いへと招いておられるのです。(踊)