踊協力牧師メッセージ

「イエスとニコデモ」

宗教改革者マルティン・ルターはヨハネ福音書3章の講解において「人は良い歌は二度歌う」「人は王や君侯の手紙は二度、三度と繰り返し読むべきである」「聖書の言葉は繰り返し熱心に聞かなければならない」と言っています。主イエスとニコデモの間でなされた新生問答もその一つです。

ニコデモが主イエスのもとにやってきたのは「夜」でした。ユダヤ人は夜を聖書の学びの時間と考えていたか、あるいは人目をはばかったのかもしれません。しかしニコデモはイエスに強い興味を持っており話をしたいと願っていたことは事実です。主イエスへの関心、私たちも大切にしたいものです。

「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」(ヨハネ3:3)。最初ニコデモは肉体の新生を考えましたが、信仰とバプテスマによって生じる心の新生こそ大切であることを主は示されたのです。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(同3:5)。

主イエスが十字架上で息を引き取られた時、ニコデモは「没薬と沈香を混ぜたものを百リトラばかり持って」(ヨハネ19:39)来ました。それは彼の心からの信仰告白であり、後日バプテスマを受けたに違いないと私は想像しています。(踊)

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