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母の日を覚えて

朝の情報番組で、「アメリカでも同じ日に母の日をやっているんですね」「日本と同じようにカーネーションを飾るんでしょうか」とやり取りしているのを見て驚くと同時に、由来を繰り返し語る大事さを痛感しました。アメリカのヴァージニア州ウェブスターのメソジスト教会にジャービスという、教会学校の教師を26年間も

すぐに役立つことは・・・

NHK出版新書の『おとなの教養』を読んでいます。著者は、2012年からは東京工業大学リベラルアーツセンター教授を務める池上彰氏で、現代人が「教養」を軽んじていることを指摘し、本当に重んじるべき「教養七科目」として宗教、宇宙、人類の旅路、人間と病気、経済学、歴史、日本と日本人を挙げています。ハーバ

戸惑いながらも

聖書を読んでいて印象的だと思うことは、、人間の描写がとても正直だという点です。決して美化していないのです。主イエス・キリストが大祭司たちによる不法な裁判を受けていた時、ペトロは心配のあまり様子を知ろうとして密かに官邸の中庭に忍び込みます。そこまでは良かったのですが、「あなたはあのイエスの仲間だ」

十字架と復活の意味するもの

「十字架と復活が意味するもの」今朝私たちは、十字架上に死んだ主イエスの復活を記念して礼拝を守っています。十字架の死を当時の人々はどう理解したのでしょうか。パウロは「ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなもの」と述べています。きっとギリシャ人には醜悪なもの、ローマンには無力、ユダヤ人には神

「聖書と私」私の父は牧師でしたから幼い頃から聖書が身近にありました。けれども聖書を自覚的に読み出したのは18才、大学受験に失敗した時でした。初めて自分の意志で聖書を開き、大学生時代に本気で読みました。友人はそんな私に「聖書なんか読んでると太宰治みたいに死にたくなるぞ」とからかいました。しかし聖書は

主の晩餐に与る恵み

「主の晩餐を守る」マルコ14:12以下には、主イエスが十字架に架かる前に弟子たちと守られた最後の晩餐のことが記されています。弟子たちと初代教会にとってこの晩餐は決して忘れられない意味を持つものとなりました。第1に、この晩餐は主イエスが弟子たちと守りたいと願われ、準備なさったものでした。第2に、

九州バプテスト神学校での学び

九州バプテスト神学校、これは働きながら聖書を学ぶ場です。4月1日(火)午後6時半より大名クロスガーデンで入学式が行われました。通学と通信(インターネット、DVD)による学びです。私も新約聖書概論を教えています。テキストはゲルト・タイセンの『新約聖書』、ゆっくりていねいに読んでいます。新約聖書って

ささげます、主よ

「ささげます、主イエスよ」マルコ一四章には、ベタニアという村で主イエスの頭に非常に高価な香油を注いだ女性のことが記されています。この物語は新約聖書の四福音書全てに記されています。ということは初代教会においてこの出来事は大切な物語であることを示しています。最初弟子たちはこの行為を無駄遣いだ、それだ

イエスを熱心に信じることができるように

「主に信頼する者となる」箴言22:17~19の言葉です。耳を傾けて賢人たちの言葉を聞け。わたしの知識に心を向けよ。それをあなたの腹に納め、ひとつ残らず唇に備えておけば喜びを得る。あなたが主に信頼する者となるように、今日、あなたに教えを与えよう。 私たちが耳を傾けて聴くべき言葉は、歴史の検証を経

主の働きを担う者

「ヨハネ福音書―主の働きを担う者」紀元1 世紀の教会を取り巻く状況は厳しいものでした。政治的にはローマ帝国による迫害があり、思想面ではグノーシスという偽りの宗教思想に直面していました。激流の時代を生き抜き、成長するために教会には三人の代理者が立てられていました。愛弟子ヨハネ、聖霊、そしてペトロです

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