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心に喜びを

「心に喜びを与え」私たちは皆喜びに満ちる幸福な生活を求めています。哲学者三木清は『人生論ノート』の中で次のように述べています。疑いもなく確かなことは、過去のすべての時代においてつねに幸福が倫理の中心問題であったということである。・・・幸福論を抹殺した倫理は、一見いかに論理的であるにしても

執事を選ぶということ

「執事を選ぶということ」私たちは次週総会において執事を選出します。この一週間、主が相応しい方を示してくださるよう静かに祈りましょう。執事の資質については使徒言行録六章に「御霊と知恵とに満ちた、評判のよい人」「信仰と聖霊に満ちた人」とあり、テモテへの手紙Ⅰ三章八節以降にさらに詳しく記されて

なぜ怖れるのか

「なぜ怖がるのか」ガリラヤ湖畔は主イエスの活動の中心地、そこ多くの御言葉が語られ、多くの奇跡が行われました。主の言葉は人々の心に深く刻まれ、奇跡はそれを目撃した人の生活に深く刻まれました。マルコ福音書四章の突風を静めた奇跡もその一つです。弟子たちが乗った舟は突然の嵐に転覆しそうになりました。

主のよき力に守られて新しい年も

「主のよき力に守られて」ナチスに対して抵抗した神学者ボンヘッファーの詩を以下抜粋引用します。これが新年を迎えた私たちの祈りとなることを願いながら。主のよき力に、確かに、静かに、取り囲まれ、不思議にも守られ、慰められて、私はここでの日々を君たちと共に生き、君たち

今こそ感謝を

「今こそ感謝を」 今年最後の主日礼拝に当たりマルコ福音書の次の言葉が私の心に響きます。「この方のなさったことはすべて、すばらしい」(マルコ7:37)。 確かに素晴らしい出来事がたくさんありました。与えられた恵みに比べると、私たちは感謝は少なく小さいと思います。今一つ一つを想起しながら改めて感

楽しいクリスマスでした

12/2(日)英語礼拝(サンデーチャペル)クリスマス、12/9(日)小学科クリスマスは恵みのうちに終わりました。12/23(日)の中学科クリスマス、その後のクリスマス礼拝は300名弱の参加者、持ち寄り愛餐会は婦人方の手作り料理をおいしく頂き、祝会では20名近くの青年たちの讃美、ヴァイオリン演奏、そし

光は暗闇の中に

「光は暗闇の中に」ヨハネ福音書1章は独特の神学に基づくクリスマス物語です。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。(ヨハネによる福音書1:14)ヨハネ福音書はこの御子キリストのことを「光」と表現

さあ、ベツレヘムへ

「さあ、ベツレヘムへ」ルカ福音書二章には、天使は神の子の誕生を羊飼いたちに告げたことが記されています。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」この知らせを受けた羊飼いたちはためらわず直ちに行動を起こします。「さあ、ベツレヘムへ行こう

ヨセフとマリア

「ヨセフとマリア」降誕物語でマタイ福音書は御子キリストの養父ヨセフを、ルカ福音書は母マリアを描きます。ヨセフとマリアの信仰と行動がなければ、救い主キリストの誕生はありえなかったのです。この二人の存在は必要不可欠でした。日本キリスト教協議会教育部総主事の大嶋果織先生はヨセフの特徴をこう書いています

ヘロデのところに帰るな

「ヘロデのところへ帰るな」12月2日(日)から待降節です。マタイ福音書の降誕物語には東方の博士の来訪が記されています。彼らはユダヤ王ヘロデの王宮を訪ね、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と告げます。自分の王位を危う

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