「なんという恵み、なんという喜び」

詩編133編は「都に上る歌」と見出しがついており、一節ではこう詠まれています。

  見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。

今年の夏は新型コロナウイルス感染不安のため例年とは違っていました。遠方に住む家族はなかなか帰郷できず、子どもたちの夏休みは短くてエネルギーを発散できず、大きな声で談笑している人たちが近くにいると非難の眼差しを向ける…。

そんな夏休みの一日、長男家族と一緒に過ごすことができました。周りに人の少ない大自然の中で久しぶりにはしゃぎ回る孫たちを見ながら想いました。同じ親から生まれた兄弟なのに、どうしてこんなに違うんだろう。関心のありかも、行動の仕方も、食べ物の好みも…。

この詩編の作者が言う「兄弟」とは一緒にエルサレム神殿での礼拝に向かう仲間のことです。彼らは当然社会的階層も性別も好みも気質もなにもかも違う人々の群れです。そのような人々が礼拝のために「共に座っている」、それは「なんという恵み、なんという喜び」だろうと言うのです。

神を礼拝する私たちは、互いが違うことを喜び、豊かさのしるしとする群れなのです。(踊)