二つの記念

「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた」(マルコ14:3)

これは主イエスに高価なナルドの香油を注いだ女性の話です。弟子たちは「無駄遣いだ、それを売って貧しい人たちに施すべきだ」と憤慨しました。しかし主は女性の行為を「わたしに良いことをしてくれた」と、〈埋葬の準備〉〈福音の記念〉として高く評価されました。私たちも主イエスに対して喜ばれる働き、福音の記念となる働きをしたいと思います。

「一同が食事をしている時、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。『取りなさい。これはわたしの体である。』」(マルコ14:22)

その後主イエスは弟子たちと共に最後の晩餐をなさいました。今日の「主の晩餐」の原型です。主は「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)と言われます。「記念」とは大切な出来事をずっと後も思い出せるよう言葉を整えて心に収めておくこと、つまり「想起」。私たちは主の晩餐の度に十字架の愛を想起するのです。