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混乱の原因は?

ヤコブの手紙は具体的な生き方を大切にすることを教えています。3:16には「ねたみや利己心のあるところには、混乱やあらゆる悪い行いがある」と記されています。ねたみに無縁な人はいません。これほど厄介なものはありません。諺にも「ねたみは栄光につき添う」「ねたむ者には祝日はない」「ねたみは憎しみよりも始

「見えるようになりたいのです」

マルコ福音書には主イエスが目の不自由な方を癒された記事が二度出てきます。私自身も以前網膜剥離の手術を受けましたので、目に関する記事は身近に感じます。一度目は8章のベトサイダにおける盲人の癒しです。主は彼の目に手を当てて「何か見えるか」と尋ねます。すると「人が見えます。木のようですが、歩いているの

愛はすべてを信じ

コリントの信徒への手紙Ⅰはパウロが第3回伝道旅行の途次、紀元55年頃エフェソからコリント教会に宛てて書いた手紙であり、教会の在り方について指導した書簡です。パウロは「最も厳格な意味での現実主義者」であり、教会が置かれている現実を直視する人です。厳しい現実の中でも教会がなお美しく調和を保ち、力強く

「新教会堂四周年を記念して」

新教会堂の起工式は2011年10月でした。建築中は西南学院大学のチャペルを使用させて頂き、主日毎に学院の宿直室に鍵を借りに行きました。おかげで顔なじみになり、今でも挨拶を交わしています。エアコンを作動させ、保管庫から聖書や讃美歌を出して受付に並べて礼拝を守り、12時になると急いで後片付けをしました。

自己奉献

ローマの信徒への手紙12:1で使徒パウロはこう言っています。こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。使徒パウロはローマ書1~11章でキリスト教信仰の本質を語り、12~

西南幼稚園創立63周年を祝して

宗教改革者マルティン・ルターは1525年6月にカタリア・フォン・ボラと結婚しました。彼は妻を愛し、「わたしは妻をフランスともベネチアとも取り替えたくない」と言いました。彼は妻を「ケーテ」と呼び、時には「わたしの肋骨」とも呼びました。これは神が一人の女性エバを造りアダムのもとに連れてこられた時、アダム

ルターの家庭

宗教改革者マルティン・ルターは1525年6月にカタリア・フォン・ボラと結婚しました。彼は妻を愛し、「わたしは妻をフランスともベネチアとも取り替えたくない」と言いました。彼は妻を「ケーテ」と呼び、時には「わたしの肋骨」とも呼びました。これは神が一人の女性エバを造りアダムのもとに連れてこられた時、アダム

「喜びの信仰」

聖書には「喜び」という言葉がたくさん出てきます。例えば「人々は麦とぶどうを豊かに取り入れて喜びます。それにもまさる喜びを/わたしの心にお与えください」(詩編4:8)。聖書は喜びをもたらす書物です。宗教改革者ルターは『卓上語録』の中でこう言っています。「神はわたしたちが喜ぶのを願い、悲しむのを嫌う

「今、分かりました」

大貫隆先生は『聖書の読み方』の中で5つの提案しておられ、その第5は「即答を求めない。真の経験は遅れてやってくる」ということです。少し長いですが引用してみます。聖書がその力をもっとも発揮するのは、読者の常識に照らして違和感を呼び起こすところ、意味不明、異質で読みづらいと感じさせられるところなのであ

「福音の種を蒔き続けよう」

マルコ福音書4章には有名な「種を蒔く人」のたとえ話が記されています。一人の農夫が種を蒔きました。道に落ちた種は鳥に食べられ、石地に落ちた種は熱のために枯れ、茨の中に落ちた種は成長を妨げられました。しかし良い地に落ちた種は育って30倍、60倍、100倍という驚くほどの実を結んだというのです。マルコ

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