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キリストに喜んで従う

山北宣久先生の『それゆけ伝道 元気の出るエッセイ』を読みました。確かに題名のとおり元気が出ます。その中に「アメリカの教会の実情レポート」が載っていました。100名の教会員について言うと、そのうち5名は行方不明であり、20名はまったく祈らず、25名はひとつも聖書を読まない。30名は全く教会に出席せ

わたしについて来なさい

主イエスはご自身の働きのためにどのような人を召されるのでしょうか。ペトロたちは漁師であることに誇りを持っていました。ガリラヤ湖に出て毎日網を打つことは大きな喜びであり、大漁の網を引き上げる彼らの顔には自信が溢れていました。主イエスが目を留められたのはそのような人々でした。「わたしについてきなさい。人

み言葉の種を蒔こう

ルカ8章には「種を蒔く人」の譬え話があります。農夫が蒔いた種は4種類の地―道端、石地、いばらの地、良い地―に落ちたのです。種は神の言葉を意味し、落ちた地は聞く者の心、そこで人は、今心の状態は4つのどれだろうかと吟味し、良い畑の状態になりたいと努力するのです。この読み方が間違っているとは思いません。道

ひざまづくひと

7月13日(日)まで福岡市美術館で第四五回日展が開催されており、彫刻家片山博詞先生(バイブルチャーチ福岡会員)が「ひざまづくひと」を出品しておられます。先生はこの作品の制作意図を次のように記しておられます。ひとは 絶望の淵にひざまづくひとは 希望を求めてひざまづくひとは 感謝の祈りにひざまづ

聖霊を受けなさい

使徒信条第3項は聖霊に関するものであり、「我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命を信ず」となっています。日本バプテスト連盟信仰宣言(1979年)には「聖霊はイエス・キリストのすべてのわざを私たちの内に直接証し、信仰の実を結ばせ、私たちを神の栄光へと

感謝すること

ヴィルヘルム・ミューズが編集した『感謝についての100の言葉』という本があります。その中から心に残る言葉をいくつかご紹介したいと思います。・感謝の思いは、心に刻まれた記念碑。(ジャン・バプティスト・マション)・私たちは過ぎ去った美しいものを、静かに貴重な贈り物のように心に抱いている。(ディ

のびやかに

今朝の礼拝に野口直樹先生をお迎えしています。野口先生は若い頃に主イエスに召し出され、57年間仕えてこられました。出身教会である下関教会に始まり、富野教会、仙台北教会、福間教会、芦屋教会、若松教会、鮫教会、吉岡伝道所でお働きになりました。35才から6年間西南学院で神学教育にも携わられました。2011年

母の日を覚えて

朝の情報番組で、「アメリカでも同じ日に母の日をやっているんですね」「日本と同じようにカーネーションを飾るんでしょうか」とやり取りしているのを見て驚くと同時に、由来を繰り返し語る大事さを痛感しました。アメリカのヴァージニア州ウェブスターのメソジスト教会にジャービスという、教会学校の教師を26年間も

すぐに役立つことは・・・

NHK出版新書の『おとなの教養』を読んでいます。著者は、2012年からは東京工業大学リベラルアーツセンター教授を務める池上彰氏で、現代人が「教養」を軽んじていることを指摘し、本当に重んじるべき「教養七科目」として宗教、宇宙、人類の旅路、人間と病気、経済学、歴史、日本と日本人を挙げています。ハーバ

戸惑いながらも

聖書を読んでいて印象的だと思うことは、、人間の描写がとても正直だという点です。決して美化していないのです。主イエス・キリストが大祭司たちによる不法な裁判を受けていた時、ペトロは心配のあまり様子を知ろうとして密かに官邸の中庭に忍び込みます。そこまでは良かったのですが、「あなたはあのイエスの仲間だ」

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