1月25日のみことば

「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。主は、とこしえにいます神/地の果てに及ぶすべてのものの造り主。倦むことなく、疲れることなく/その英知は究めがたい。」(イザヤ40:28)

私たちは知るべきことを知らず、聞くべきことを聞かないということがしばしばあります。一日の歩みを始める前にまず聞くべきこと、知るべきこと、信ずべきこと、それは神の全知であり全能だと預言者イザヤは言います。愛に富む神は私たちの今日を配慮しておられます。

1月24日のみことば

「疲れた者に力を与え/勢いを失っている者に大きな力を与えられる」(イザヤ40:29)

サラリーマン川柳にこんなのがありました。「リゲインとユンケル飲んで腹くだし」。主日の朝から品のない句を紹介してしまいました。だが気持ちは分かります。みんなこの一週間を生き抜く力が欲しいのです。不安を払いのけ、希望に満ち溢れて歩みたいのです。預言者イザヤはその力の源は神である、神が私たちの心と体に活力を充満してくださると言うのです。礼拝は充満の時です。「今日この日から、わたしは祝福を与える」(ハガイ2:19)。

1月23日のみことば

「この新しい神殿の栄光は昔の神殿にまさると/万軍の主は言われる。この場所にわたしは平和を与えると/万軍の主は言われる」(ハガイ2:9)

バビロン捕囚から帰還は紀元前538年、指導者と民は神殿再建の働きに取り掛かりましたが、その規模はソロモンが造った壮麗な神殿よりはるかに小さなもので、預言者ハガイはいつの日かソロモンの神殿にまさる神殿建設の希望を語るのです。「この場所にわたしは平和を与える」。民が真心を込めて献堂する礼拝堂に満ち溢れるもの、それは神の平和なのです。

1月22日のみことば

「大祭司ヨツァダクの子ヨシュアよ、勇気を出せ。国の民は皆、勇気を出せ、と主は言われる。働け、わたしはお前たちと共にいると/万軍の主は言われる」(ハガイ2:4)

「大祭司ヨツァダクの子ヨシュア」とは捕囚帰還時代の大祭司です。彼の使命は神殿再建でした。大きな困難を伴う課題であり、気持ちは萎えてしまいそうです。しかし神は彼と民に語りかけられました。「わたしはあなたと共にいる」「勇気を出せ」「働け」と。コロナウイルスに苦しんでいる私たちにも同様に言われます。「共にいる」「勇気を出せ」「働け」と。

1月20日のみことば

「あなたの重荷を主にゆだねよ/主はあなたを支えてくださる。主は従う者を支え/とこしえに動揺しないように計らってくださる」(詩編55:23)

ドイツの神学者イェルク・ツィンクの言葉「わたしたちには、自分をそれにすっかり任せたいと思うものがある。たとえば、医者の力や、わたしを助けてくれるひとの善意だ。そして何よりも神の知恵」。詩編の詩人は「あなたの重荷を主にゆだねよ」、神は両手でしっかり支え、最善に計らってくださると言います。この神に信頼しつつ今日も歩みを続けましょう。

1月20日のみことば

「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)

「苦難がある」についてある人は「山ほどあります」と記していました。目下最大の苦難は新型コロナウイルス感染不安であり、私たちに日々ストレスや不安や恐れを与えています。しかし主は「勇気を出しなさい」と主は言われます。ある聖書は「堅く信じ、確信を持ち、おくせずにいなさい」と説明しています。今こそ主の大いなる愛と力を信じて歩みましょう。

1月19日のみことば

「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり/わたしの道はあなたたちの道と異なると/主は言われる」(イザヤ書55:8~9)

預言者イザヤは言葉に続けて「天が地を高く超えているように、わたしの思いはあなたたちの思いを高く超えている」と言っています。ベルン大学の総長であり法律家であったカール・ヒルティは、「あなたにやっと一つの妙案が見えたとき、主には幾千もの名案があるのだ」と言っています。困ったら祈りましょう。そして神に導きに信頼しましょう。