2月23日のみことば

「わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい」(Ⅱテモテ2:1)

今の時代を生きていくためには「強さ」が必要です。困難に出会う度に挫折していては仕方ありません。しかしここで言う「強さ」とは自説を無理やり押し通すようなものではなく、おおらかでしなやかな強さです。主イエスの恵みが育てる強さです。困難の中でも決して諦めず、希望をもって働きを継続できる強さです。そんな歩みを今日も続けたいものです。。

2月22日のみことば

「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」(マタイ6:8)

私たちは様々な必要を神に祈り求めますが、祈った時神は初めてそれに気づかれるのでしょうか。いいえ、「願う前から」私たちに必要なものをご存じです。では、そうしてくださればいいのに? そうではありません。神は私たちの言葉を聞きたいと思われます。なぜなら祈りという対話を通して神との交わりが深まり、神の愛と力への信頼が強められるからです。

2月21日のみことば

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」(詩編23:1)

この詩編は多くの人の愛唱聖句です。私自身の歩みを振り返る時、主イエスこそまことの羊飼いであり、力強い配慮をもって今までを導いてくださったことを実感するのです。その実感は深い感謝となり、これからも導いてくださるという強い確信になるのです。こどもさんびかにこうあります。「主に従い行くは、いかによろこばしき、こころの空はれて、ひかりはてるよ、みあとをふみつつ、ともにすすまん、みあとをふみつつ、うたいてすすまん」。

2月20日のみことば

「わたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです」(ローマ15:4)

私たちの働きがよい成果をあげるには何が必要でしょうか。まず忍耐だと思います。私たちの周囲には忍耐できずに放り出された仕事が何と多いことでしょう。次に慰めです。失敗が続く時には誰でも慰められ励まされたいです。最後は希望です。この歩みの先には必ず神の祝福が備えられているという希望です。聖書はそれを与えると使徒パウロは言っています。

 

2月19日のみことば

「時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい」(コロサイ4:5)

「今日」という日は自動的に私たちのもとに来たのでしょうか。聖書によれば、「時」は神が私たちにくださった最高の宝です。だからこそ神が喜んでくださる仕方で用いるのです。「よく用いる」とは「買い戻す」「贖い出す」という意味です。私たちには案外無駄に浪費している時間を多いのです。それを取り戻し、自分のためにはもちろん、他者と神のためにも用いるのです。あなたの今日が恵みに満ちた幸いなものでありますようお祈りします。

2月18日のみことば

「何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい」(コロサイ3:17)

アクセルのない車は役に立ちませんし、ブレーキのない車は危険で乗ることができません。「すべてを主イエスの名によって行い」。このみ言葉は私を前に向かって押し出す力があり、同時に制御する力があります。もし主イエスが喜んでくださるなら、どんな小さなことも大きなことも喜んで行いたいし、そうでなければ安心して穏やかに中止したいと思います。

2月17日のみことば

「知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、…感謝して心から神をほめたたえなさい」(コロサイ3:16)

コヘレト4:9~10に「ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い。倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ」とあります。大切なことを丁寧に教えてくれる友、間違いを優しく正してくれる友、声を合わせて神を讃美する友は有難い存在です。

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