8月17日のみことば

「わたしたちを憐れんでください。主よ、わたしたちを憐れんでください。わたしたちはあまりにも恥に飽かされています。平然と生きる者らの嘲笑に/傲然と生きる者らの侮りに/わたしたちの魂はあまりにも飽かされています」(詩編123:3~4)

カルヴァンは「豊かさというものは自ずと心の傲りを生み出す」と言っています。権力の座にある者は仲間だけの利益を図るべきではありません。社会の底辺の人々を嘲笑し、侮り、苦しめてはなりません。彼らを十分に配慮してこそ真に品格ある国家となるのです。

8月16日のみことば

「目を上げて、わたしはあなたを仰ぎます/天にいます方よ。…わたしたちは、神に、わたしたちの主に目を注ぎ/憐れみを待ちます」(詩編123:1~2)

カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞作品『日の名残り』を読みました。品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンス、長年仕えてきたダーリントン卿への敬慕を取り扱った作品です。執事の目と心は常に主人に注がれているように、私たちの目と心は愛に富む神に注がれているのです。そこからだけ本当に良いものが与えられるからです。

8月15日のみことば

「わたしは願おう/わたしたちの神、主の家のために。『あなたに幸いがあるように』」(詩編122:9)

「主の家のために」詩人は祈ります。カルヴァンは「主の家」とは私たちにとっては教会だと言います。教会は私たちを守り育てる母親のようです。子どもの健やかな成長のためには母親の存在と健康が必要であるように、私たちの信仰が健やかに成長するためには、活き活きとした教会が必要です。それゆえ私たちも教会のために心を込めて祈るのです。

8月14日のみことば

「わたしは言おう、わたしの兄弟、友のために。『あなたのうちに平和があるように』」(詩編122:8)

詩人の行動は私益からではなく、同胞に対する真の愛情に発しています。西郷隆盛に影響を与えた島津斉彬。反射炉、溶鉱炉、ガラス窯など工業育成に力を注ぎました。「蘭癖」(西洋かぶれ)と非難されましたが、座右の銘は「思無邪」(思いよこしまなし)。願いは外国の侵略から国を守ること。私たちは真の平和の実現のため祈ります。「思無邪」。

8月13日のみことば

「あなたの城壁のうちに平和があるように。あなたの城郭のうちに平安があるように」(詩編122:7)

エルサレムは堅固な城壁に囲まれた町です。外には常に外敵による危険があり、内では平和と平安を享受できたのです。詩人はその平和と平安がいつまでも存続するようにと祈ったのです。現代の私たちにとってエルサレムとは教会です。私たちも日々様々な課題に取り囲まれており、それ故教会に集う人々とその家族のために平和と平安を祈るのです。

 

8月12日のみことば

「エルサレムの平和を求めよう。『あなたを愛する人々に平安があるように』」(詩編122:6)

エルサレムは神の民が愛し集う場、私たちにとっては教会です。私たちは教会のために祈り、また神を愛する多くの人々に真の平安があるように祈ります。カルヴァンは、自分の利得だけを考え、他者の幸福を願わない者の祈りは「真の敬虔の感覚を欠くだけでなく、その祈りは時間の浪費である」と厳しく指摘しています。あなたにシャローム(平和)!

8月11日のみことば

「主の家に行こう、と人々が言ったとき/わたしはうれしかった。…そこにこそ、裁きの王座が/ダビデの家の王座が据えられている」(詩編122:1、5)

ダビデの時代、エルサレムは礼拝の場であり、同時に政治の場でもありました。政治の目的は正義と公正です。何が正義で、何が公正かを明らかにするものは神の言葉です。神の言葉が失われると、不義や不正がまかり通ります。「公道を水のように、正義をつきない川のように流れさせよ」(アモス5:24)。よどみなく流れる川のような正義と公正!

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