6月16日のみことば

「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを/学ぶことができました」(詩篇119:71/口語訳)

誰も苦しみに遭いたいとは思いません。それでも辛く苦しい経験をするものです。ある人が「試練の目的」ということを言っています。「試練は、注意を惹きつけ、慌ただしい生活の中で人々を立ち止まらせるために用いられることがあります」。そんな時には、自分の生き方をそっと振り返り、神の前にひざまずき、静かに祈りを捧げる時なのでしょう。

 

6月15日のみことば

「香油も香りも心を楽しませる。友人の優しさは自分の考えにまさる」(箴言27:9)

友と言ってもいろいろです。私たちの友はどんな友でしょうか。私たちの歩みを貶し、心配事には耳を貸さず、失敗したらひどく責め、できたことにもけちをつける、そんな友でしょうか。反対に、私たちの歩みを見守り、心配事にはしっかり耳を傾け、失敗したら慰め、できたことを褒め、さらに励ましと助言を与えてくれる、そういう友は神からの贈り物。どうやら私は神から多くの贈り物を頂いているようです。あなたはどうでしょう?

6月14日のみことば

「主は人の一歩一歩を定め/御旨にかなう道を備えてくださる」(詩編37:23)

私たちを取り巻く状況が暗く行く先が見えない時、誰でも不安になります。そんな時このみ言葉は私たちに安心を与えてくれます。「新しいチャンス、これから出会う人たち、次にすべき仕事を、はっきりと見せてください。あなたの御計画を知り、聖霊の力を受け、何事も正確に行うことを、求めることができますように」(カレン・ムーア)。神が示してくださる今日の務めに心を込めて当たりましょう。その先にはきっと祝福が!

6月13日のみことば

「貧しい人の一生は災いが多いが/心が朗らかなら、常に宴会にひとしい」(箴言15:15)

私たちの心は苦しいこと嫌なことにばかり向き、身も心も鉛のように重くなってしまいます。しかし神は私たちの人生を豊かにするため沢山の恵みをくださっているはず、ただ私たちがそれに気づかないだけです。「ここにこんな恵みがあった」「あそこにも…」、そんな感じで今日を過ごしてみたいと思いませんか。今日はきっと華やかな宴会のようです!

6月12日のみことば

「わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである」(ヨハネの黙示録22:13)

神は初めであり終わり、世界と歴史を支配しておられるお方です。私たちは短い期間生きて働き、ほんの少しだけ周囲に影響を与える者です。まさに詩編にあるように「人の生涯は草のよう」(詩編103:15)です。しかし神が支配される世界と歴史に咲く野の花は神に用いられます。人を慰め、励まし、勇気を与えることができるのではないでしょうか。

6月11日のみことば

「(主よ)あなたは、命に至る道をわたしに示し、/御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる」(使徒言行録2:28)

人生には大切な選択があります。進むべきか立ち止まるべきか、進むとすれば右か左か。協力すべきはAさん? Bさん? それとも独立独歩で進むべき…? 主イエスは「わたちは道であり、真理であり、命である」と言われます。主イエスこそ人生の最良の同伴者、彼が示してくださる道こそ「命に至る道」、そこにこそ真の大きな喜びがあります。

6月10日のみことば

「わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、/わたしは決して動揺しない。だから、わたしの心は楽しみ、/舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう」(使徒言行録2:25~26)

神の愛、善意、力にいつも心を注いでいる人でありたいと思います。なぜならそのような人はさまざまな問題に出会っても動揺せず、身も心も喜びと楽しみと希望に溢れ、力強く生きることができるからだと言うのです。共にいてくださる神を確信して歩みましょう。

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