11月13日のみことば

「わたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです」(ローマ15:4)

今日取り組むべき課題があります。私たちに最も必要なものは忍耐だと思います。忍耐についてウィリアム・バークレーはこう言っています。「忍耐力とは、困難をただ耐え忍ぶ能力のことではない。困難を栄光へと変える能力のことだ」。オセロゲームで相手の駒を挟んで自分の駒の色に変えていくように、困難を栄光に変えていきたいと思います。

11月12日のみことば

「そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンを取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった」(マルコ8:6)

「パンはいくつあるか」と主がお尋ねになった時、弟子たちは「7つあります」と答えました。4千人の人がいたのにパンはたった7つしかなかった! 私たちならその少なさに文句を言うことでしょう。しかし主イエスは文句ではなく「感謝の祈り」を唱えるのです。そして群衆が満腹するという奇跡が起きるのです。恵みは感謝から始まるのです。

11月11日のみことば

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(Ⅰテサロニケ5:16-18)

『心からの祈り』という本の中にウィリス・F・キングという人の言葉が紹介されていました。「〈感謝の念(gratitude)〉と〈恵み(grace)〉の語源は同じだ。<感謝する(thanksgiving)〉と〈考える(think)〉の語源は同じだ。考えることは感謝することだ」。今週は折あるごとに主の恵みを数え、考え、感謝したいと思います。まず―主よ、新しい朝と健康を感謝します。

11月10日のみことば

「兄弟愛(フィラデルフィア)には愛(アガペー)を加えなさい」(Ⅰペトロ1:7)

「フィラデルフィア」は美しく貴い、だが聖書はそれに「アガペーを加えなさい」と勧めます。アガペーは神ご自身の愛であり、それによって私たちの内に育てられるものです。これは「感情ではなく、意志、決意、志、生活の態度、生き方」(竹森満佐一先生)です。主イエスは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5:44)と言われました。アガペーの実践は難しい、だからまず迫害する人のために祈ることから始めるのです。

11月9日のみことば

「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(Ⅰコリント13:13)

「最も大いなるもの」、当時のギリシャ語では最上級は用いられず、比較級で表現したそうです。ですから愛は信仰や希望よりも大いなるものです。なぜでしょう。竹森満佐一先生は、愛は神に源を発し、その愛が私たちの心に信仰と希望と愛を引き起こすからだ、と説明されます。確かに! ですから私たちにとって大切なことは、日々この神の愛に気づくことです。

11月8日のみことば

「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る」(Ⅰコリント13:13)

「信仰と、希望と、愛」、この三つは使徒パウロがキリスト教を考える時の三要素です。この組み合わせはⅠテサロニケ1:3、5:8、ローマ5:2~5、コロサイ1:4~5にも出てきます。この三つは教会の健康度を量る基準ですが、私たち一人ひとりの在り方の基準でもあるのです。私の信仰は健康だろうか、明るく輝く希望を持っているだろうか、兄弟姉妹を、教会を心から愛しているだろうか。神がこの三つを育ててくださるよう祈りましょう。

11月7日のみことば

「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る」(Ⅰコリント13:13)

新共同訳の「それゆえ」を岩波訳は「そこで今や」と訳しています。ギリシャ語としては「今や」のほうが良いと思います。異邦人の町コリント、そこに立つ教会、弱さや醜さがつきまとっている現実の生活の中に主イエス・キリストの不変の愛が力強く働き、彼らの心に日々新たに、確かな信仰と希望と愛が生みだされる、というのです。朝日が昇ると、私たちの周りの風景や草花の鮮やかさが表れるのと同じでしょう。今朝も主のこの愛を覚えましょう。

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