10月15日のみことば

 

「たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい」(Ⅱコリント13:2)

どの能力もすごい。「山を動かすほどの完全な信仰」とありますが、「山」は複数形ですから「山々」です。信仰の力でそれができるとしても、もし愛がなければ「無」だと言うのです。ガウディは「物事を上手くやるために必要なこと。第一に愛、第二に技術」と言いました。

10月13日のみことば

「あまり足を急がせると過ちを犯す」(箴言19:2)

諺に「急いては事を仕損じる」と言います。スペインのバルセロナにあるサグラダ・ファミリアの建築がビリャール・ロサーノによって始まったのが1882年、しかし1年ほどで辞任、後を継いだのが31歳のアントニオ・ガウディでした。残念なことに彼は1926年6月7日、市電にはねられ帰らぬ人となりました。享年73歳。聖堂の完成時期を尋ねられると、「神はお急ぎではない」と答えたそうです。教会形成も〈ゆっくり丁寧〉が大切では?

10月12日のみことば

「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル」(Ⅰコリント13:1)

使徒パウロは愛と言葉を関連づけます。単に「異言」だけではなく、あらゆる言葉です。どんなに正論であっても、愛に根差し、愛に包まれた言葉でなければ、私は時ならぬ時に騒がしく鳴り響く「どら」や「シンバル」になっていると言うのです。パウロは「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい」(コロサイ4:6)とも言っています。

10月11日のみことば

「『今日』という日のうちに、日々励まし合いなさい」(ヘブライ3:13)

昨夜、『同期のサクラ』というテレビ番組を見ました。大手建築会社に入社した新人サクラ、一直線すぎてさまざまな混乱を引き起こす物語です。彼女がドラマの最後に語った言葉は「諸君、明日はもっと良いものをつくろう」、これはあのガウディが仕事を終えた職人たちに向かって語りかけた言葉です。その後彼は夕方のミサに出かける途中で電車にはねられて亡くなるのですが…。一日の終わりにこんな言葉をもらうと元気になりますね。

10月10日のみことば

「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい」(テモテへの手紙Ⅱ 4:2)

これはパウロは福音宣教の基本姿勢でした。しばしば現代という時代は福音宣教が困難な時代だと言われます。しかしある集会で、加藤常昭先生は「それではいつ伝道が容易だった時代があるでしょうか。どの時代の先達も困難に直面しつつ働きを続けたのではないでしょうか」と言われました。印象的でした。主イエスご自身も郷里ナザレで、さらにエルサレムに向けての旅立った直後もサマリア人の拒絶に遭ったのです。しかし主は進んで行かれました。

10月9日のみことば

「穏やかな心は肉体を生かし/激情は骨を腐らせる」(箴言14:30)

上智大学で「死の哲学」を講じておられたアルフォンス・デーケン先生は「ユーモアは人生の妙薬」と言われます。アメリカでの実験ですが、騒々しい場所でネズミを飼うと90パーセントが発癌、快い音楽の流れる場所で飼うと発癌したのはわずか7パーセントだったそうです。いつも讃美歌が流れ、「愛と思いやり」の言葉が交わされる礼拝堂はきっと心と体によい場所でしょう。教会堂がさらに「穏やかな心」を育む場所になりように!

10月8日のみことば

「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」(フィリピ4:13)

今日の働きの中には難しい課題、良い結果を得られないかもしれない課題があるでしょうか。今朝のみ言葉を心の中で、折角なら二度三度口に出して言ってみましょう。「わたしを強めてくださる方」はイエス・キリストです。キリストは取り組む勇気をくださいます。知恵をくださいます。協力者もくださるでしょう。きっと上手くいくでしょう!

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