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「真の羊飼いに導かれて」

聖書の言葉は私たちに慰めと希望を与える力を持っています。その中でも次の二か所は最も多くの人に愛されてきた箇所です。1つはヨハネによる福音書3章16節。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」もう1つは詩編23編。

「創世記と黙示録」

新年に与えられたのは聖書の最初と最後、創世記とヨハネの黙示録の言葉です。旧約聖書学者の松田明三郎先生が創世記の注解において「創世記は常に新しい霊感の源泉である」と書いておられます。創世記は歴史記述ではありません、神と人間の本質を明確に記す信仰の書です。神はあらゆる良いものでエデンの園を満たし、そ

「ヨセフは起きて、夜のうちに」

マタイ福音書は、降誕物語に引き続きヨセフが幼子とマリアを連れ、ヘロデ王の追手を逃れエジプトへ避難したことを記しています。占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、こ

「おかんとボクの信仰継承」

京都のど田舎の長男の嫁として嫁いできたおかんの信仰生活は、生半可なものではなかった。…「お母さん、ようあの家でクリスチャン続けてきたなぁ。クリスチャンやめてもしゃあないほど、大変やったやんか」とボクがそう言うと、おかんはしばらく黙ったあと、こう言った。「私には神様しかなかったんや。神様は、無駄なこと

「感謝せずにはいられない」

使徒パウロの手紙を読んで気づくことは、「感謝」という言葉がしばしば出てくることです。例えばテサロニケの信徒への手紙Ⅱ2:13には次のように記されています。主に愛されている兄弟たち、あなたがたのことについて、わたしたちはいつも神に感謝せずにはいられません。パウロが創設したコリント教会はいつも多

真偽を識別する基準

「福音」とは「喜びを伝える知らせ」「よい便り」という意味です。福音を聞いた人の心には喜びが溢れるのです。ですから新約聖書、特にフィリピの信徒への手紙には「喜び」という言葉が繰り返し出てきます。わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。(フィリピ3:1)主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜

「受けたもの、伝えるもの」

コリントの使徒への手紙Ⅰは、当時様々な課題に直面していたコリント教会を指導するため使徒パウロが紀元五五年頃エフェソから書き送った手紙です。15:1~2でパウロは福音についてこう記しています。兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、

「どこかで兄弟姉妹たちが…」

神学者C・メラーの『慰めのほとりの教会』に一人の牧師の話が記されていました。彼の教会は毎朝午前7 時から教会堂で祈ります。教会の仲間たちも、少ない時は7人、多い時は15人くらい参加します。ある朝は天候が悪く、集まったのは牧師一人でした。彼はいつものように祈りの時を持ちました。一人の教会員がこう言

「主がその手に触れられると」

家庭、それは人格創造の基地であり、人間性回復の場であると言われます。しかしその家庭が病むことがあるのです。昔『家という病巣』という本を読んだことがありますし、2012年には『家庭という病巣』という本が出版されました。ルカ12:53には次のように記されています。父は子と、子は父と、母は娘と、娘は母

永遠の命の確信

東京の国立新美術館でオルセー美術館展「印象派の誕生」を観ました。教えられることの多い作品ばかりでした。特にご紹介したいのは、クロード・モネが1879年に描いた『死の床のカミーユ』です。次のような解説が記されています。明るい色彩に満ちた数々の作品で主役を務めたモネの最初の妻カミーユは、次男の出産後

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