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福音書があって良かった

「福音書があって良かった」聖書は旧約39巻、新約27巻、合計66巻から成る正典です。正典とは信仰の源泉、生活の規範という意味です。新約は4つの福音書、21の書簡、1つの歴史書、1つの黙示録で構成されています。マタイ、マルコ、ルカの3つを共観福音書を呼び、ヨハネは独特の視点から書かれています。神

兄弟姉妹がいて良かった

「兄弟姉妹を感謝します」ディートリッヒ・ボンヘッファーはドイツのルター派教会の牧師であり神学者でした。彼はヒトラーが政権を握った直後に、ナチ政府がドイツ国民を誤った方向に導くものであることを洞察し鋭く批判しました。彼は招かれてアメリカに渡りますが、ドイツ国民と苦しみを共にすべく開戦直前に帰国、秘密

見よ、今こそ

「見よ、今こそ」Ⅱコリント6:2で使徒パウロは「今」はどのような時であるかを告げています。「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」。ギリシャ語原典を見ると、実はもっと強調した表現で、それぞれの冒頭に「見よ」という言葉が入っています。口語訳はその点を正確に訳しています。「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救

つながっていて良かった

「つながっていて良かった」ヨハネ福音書15章1節以下にはぶどうの木と枝のたとえ話が記されています。主イエスは「わたしはまことのぶどうの木」「あなたがたはその枝」と表現され、「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」と言われました。「つ

キリストに出会って良かった

「キリストに出会って良かった」ヨハネ福音書1章43節以下にはナタナエルとキリストの出会いが印象深く記されています。事の起こりはキリストがフィリポに出会われて「わたしに従いなさい」と招かれたことです。フィリポが喜びのあまり友人ナタナエルを探し出し、「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書い

教会があって良かった

「教会があって良かった」46年前、私は京都の予備校に通い、宝ヶ池にある予備校の寮に入っていました。受験生同士些細なことでよくもめごとが起りました。そんな私にとって日曜の礼拝は待ち遠しいものでした。カレンダーの日付を一日一日消しながらその日を待ちました。それまでは父が牧師でしたから教会堂と自宅は同

信仰があって良かった

「信仰があって良かった」40年程前に武藤富男先生(明治学院名誉院長、キリスト新聞社会長)が『信仰生活の利益』という冊子を出版されました。当時二五才の私はこれを読んで深い感銘を受けました。その本にはキリスト教信仰における五つの利益が記されていました。第一に勇気。普通なら挫折しそうな場面でもキリス

信じ、学び、仕え、証する教会

「信じ、学び、仕え、証する教会」先日久山療育園において福岡地方連合牧師会がありました。主題は「“今”教会形成について」。時代のただ中で主イエスを信じ、仕え、証する信仰共同体の形成こそ私たちの課題、そのためには信徒一人ひとりが聖書を学び、信仰を確立することが大切です。『信徒の神学』を著した

「舟の右側に網を打ちなさい」

「舟の右側に網を打ちなさい」ガリラヤ湖はパレスティナ北部に位置する南北20キロ、東西12キロ、海抜下212メートル、水深は最大50メートルの、魚が豊富な淡水湖です。この湖で漁師をしていたペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネの二組の兄弟は、働きのただ中で主イエスに招かれ弟子となりました。ルカ福音書5

「悩みと苦しみからの解放」

「悩みと苦しみからの解放」 イエス・キリストは伝道の途中で多くの病んでいる人たち、苦しんでいる人たちを癒された。また、富んでいる人ではなく貧しい人たちに救いを宣べ伝えられた。聖書はその記述に満ちている。主イエスの時代には戦争こそなかったが、ローマと地方君主の圧制に苦しむ人たちが多かった。

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