2月4日のみことば

呼び求めるわたしに答え、あなたは魂に力を与え、解き放ってくださいました。(詩編138:3)

「魂に力」、これこそ私たちが求めていることだ。見せかけの元気ではない、魂の深みから沸き起こってくる力、喜び、希望こそ今もっとも必要なものだ。それを主が与えてくださる。また「解き放ってくださいました」とある。私たちの心は様々なものに縛られている。案外、どうでもいいものにまで縛られているのである。のびのびしたい、一切のものから解き放たれ、自由の喜びを味わいたいと思う。主がそれをしてくださる!

2月3日のみことば

「主にわたしは申します『あなたはわたしの神』と。主よ、嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。」(詩編140:7)

詩人は「あなたはわたしの神」と言います。天地の創造者、歴史の支配者である神に「あなた」と呼びかけることができる、なんという幸いでしょう。その方が「嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてくださる」のです。上の空ではない、耳をじっくりと傾けてです。どんなカウンセラーよりもしかりとした仕方で耳を傾けてくださるのです。その方にもっと聞いていただこうではありませんか。

2月3日のみことば

「主にわたしは申します『あなたはわたしの神』と。主よ、嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。」(詩編140:7)

詩人は「あなたはわたしの神」と言います。天地の創造者、歴史の支配者である神に「あなた」と呼びかけることができる、なんという幸いでしょう。その方が「嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてくださる」のです。上の空ではない、耳をじっくりと傾けてです。どんなカウンセラーよりもしかりとした仕方で耳を傾けてくださるのです。その方にもっと聞いていただこうではありませんか。

2月4日のみことば

呼び求めるわたしに答え、あなたは魂に力を与え、解き放ってくださいました。(詩編138:3)

「魂に力」、これこそ私たちが求めていることだ。見せかけの元気ではない、魂の深みから沸き起こってくる力、喜び、希望こそ今もっとも必要なものだ。それを主が与えてくださる。また「解き放ってくださいました」とある。私たちの心は様々なものに縛られている。案外、どうでもいいものにまで縛られているのである。のびのびしたい、一切のものから解き放たれ、自由の喜びを味わいたいと思う。主がそれをしてくださる!

2月2日のみことば

主よ、さいなむ者からわたしを助け出し、不法の者から救い出してください。彼らは心に悪事を謀り、絶え間なく戦いを挑んできます。(詩編140:2~3)

「さいなむ」とは「しかる」「責める」「いじめる」「苦しめる」「むごく当たる」「折檻する」という意味である。そのような状況に置かれることがある。しかし感謝しよう。そのような状況からあなたを助け出す方がおられるのだから。そしてそのような方に祈ることを許されているのだから。祈りはそのような方への携帯電話。さあ、電話しましょう!

2月1日のみことば

わたしの祈りを御前に立ち昇る香とし、高く上げた手を夕べの供え物としてお受けください。(詩編141:2)

私たちの祈りは神の御前に立ち昇る「香」だと言う。それこそ神の最も喜ばれるものである。また、私たちは祈りの時、両手を合わせたり組んだりする。現在では祝祷の時に手を上げるだけだが、聖書の民は手を上げて祈ることもあったのだ。祈りの手を神は夕べの供え物として受け入れてくださるというのだ。祈りの手こそ神が喜びたもう供え物だと言う。私たちは人から贈り物を頂いた時、感謝の言葉を述べたり手紙を出したりする。一日の働きを終えた時、神から頂いたその日の恵みに感謝して祈りを捧げよう。自分ひとりの時も、また兄弟姉妹たちとともにいる時も。

2月2日のみことば

主よ、さいなむ者からわたしを助け出し、不法の者から救い出してください。彼らは心に悪事を謀り、絶え間なく戦いを挑んできます。(詩編140:2~3)

「さいなむ」とは「しかる」「責める」「いじめる」「苦しめる」「むごく当たる」「折檻する」という意味である。そのような状況に置かれることがある。しかし感謝しよう。そのような状況からあなたを助け出す方がおられるのだから。そしてそのような方に祈ることを許されているのだから。祈りはそのような方への携帯電話。さあ、電話しましょう!