12月5日のみことば

主よ、あなたの道をわたしに示し、あなたに従う道を教えてください。(詩編25:4)

道は私たちを特定の場所へ導くもの。道には〈他人が歩く道〉と〈自分が歩く道〉があります。私たちは自分の責任で自分の道を選び取らねばなりません。楽そうな道、華やかな道、得する道・・・。キリストは「わたしは道である」と言われました。主キリストが示してくださる道に従って歩み始め早や56年、良かったと思っています。

12月3日のみことば

主を畏れる人はだれか。主はその人に選ぶべき道を示されるだろう。その人は恵みに満たされて宿り、子孫は地を継ぐであろう。(詩編25:12~13)

詩編111:10に「主を畏れることは知恵の初め。これを行う人はすぐれた思慮を得る。」とあります。現代人は、最初に学ぶべきことを人生の終わりまで学ぼうとしない傾向があります。だから人生を空しく費やしがちです。もったいないことです。もし神を畏れ敬うことを最初に学んでいれば、真の知恵を得、真に進むべき道を示され、働きは豊かに祝され、恵みは子々孫々に及ぶのです。

12月4日のみことば

主よ思い起こしてください、あなたのとこしえの憐れみと慈しみを。わたしの若いときの罪と背きは思い起こさず、慈しみ深く、御恵みのために、主よ、わたしを御心に留めてください。(詩編25:6~7)

神の心に真っ先に思い浮かぶものは何でしょうか。私たちの罪や過ちではなく、憐れみと慈しみなのです。今日も神はあなたを心に留め、すでに憐れみと慈しみの業をお始めになっています。そのことに信頼して私たちの歩みを始めましょう。

12月2日のみことば

主を畏れる人に、主は契約の奥義を悟らせてくださる。(詩編25:14)

神との交わりの中を歩もうとする人に、神はご自分がしようとしておられることを必要に応じて教えてくださるというのです。私たちにはそれで十分です。先の先まで知る必要はありません。一切は神がご存知、そして私たちにはその都度ご自分の計画や目的を教えてくださるのです。私たちは無秩序の中を歩んでいるのではなく、。神の万全なご計画の中を今日も歩んでいるのです。心から感謝!

12月3日のみことば

主を畏れる人はだれか。主はその人に選ぶべき道を示されるだろう。その人は恵みに満たされて宿り、子孫は地を継ぐであろう。(詩編25:12~13)

詩編111:10に「主を畏れることは知恵の初め。これを行う人はすぐれた思慮を得る。」とあります。現代人は、最初に学ぶべきことを人生の終わりまで学ぼうとしない傾向があります。だから人生を空しく費やしがちです。もったいないことです。もし神を畏れ敬うことを最初に学んでいれば、真の知恵を得、真に進むべき道を示され、働きは豊かに祝され、恵みは子々孫々に及ぶのです。

12月2日のみことば

主を畏れる人に、主は契約の奥義を悟らせてくださる。(詩編25:14)

神との交わりの中を歩もうとする人に、神はご自分がしようとしておられることを必要に応じて教えてくださるというのです。私たちにはそれで十分です。先の先まで知る必要はありません。一切は神がご存知、そして私たちにはその都度ご自分の計画や目的を教えてくださるのです。私たちは無秩序の中を歩んでいるのではなく、。神の万全なご計画の中を今日も歩んでいるのです。心から感謝!

11月30日のみことば

御顔を向けて、わたしを憐れんでください。わたしは貧しく孤独です。(詩篇25:16)

自分の弱さや貧しさや孤独を知っていることは、あながち悪いことではありません。自分は強い、自分は豊かだ、自分には大勢の仲間がいると思っていると、人間はどうしても傲慢になりがち。傲慢さほど見苦しいものはありません。私たちは自分の貧しさを知るゆえに神の憐れみを祈り求めるし、神と結びつくことで孤独から解放されたいと願うのです。使徒パウロはローマ8:31で「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。」と言っています。真の強さの秘密はここにあります。

TOP