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1月30日のみことば

「そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く」(イザヤ35:5)

主イエスはある時「目があっても見えないのか。耳があっても聞えないのか」と言われました。現実にそこにあっても気づかない、語られているのに意識しないことがしばしばあります。しかしある時、私たちはその大切さに気づき、それに目を留め、耳を傾け始めるのです。信仰はその最たるもの、主イエスとその言葉の尊さに開眼するのです。主は「あなたがたの目は見ており、耳は聞いているから、さいわいである」と言われました。

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