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問16:それでは、旧約と新約の関係はどうなのですか。

答:旧約は、読む者の心におおいがかかっています。それは、ただイエス・キリストに出会う時だけ、取り除かれます(第2コリント3:14)。旧約は新しい契約を預言し、新しい契約はイエス・キリストによって成就しているからです。しかし間違ってはいけません。新約もイエス・キリストそのものではなく、その弟子たちの想

問15:旧約と新約というのは、どういう意味なのですか。

答:旧約は、神のイスラエル人との契約であります。そのしるしとして、イスラエル人を導く神の救いの歴史を語り、また十戒・法をつたえています。さらに預言やさまざまな文学によって人々が神のことばを聞いて、伝えています。新約は、そのすべての終りとして、またその成就として、イエス・キリストによる新しい契約を証し

問14:聖書は単に古典に留まるでしょうか。

答:いいえ、今日までこの聖書を読んで、ほんとうに分かった人は、こころを入れかえて新しく生まれ変わり、神に帰りました。すなわち聖書においてイエス・キリストに出会った人は、この世とともに失われた人間として見出され、この世の定めから自由にされ、死よりいのちへと導きだされて、神を知り、あがめ、愛しました。ま

問13:聖書とは何ですか。

答:聖書は、旧約39巻、新約27巻、全部で66巻よりなる、古代の異民族の人々の書いたさまざまな文書集、今日までそして今も読む値打ちのある書物すなわち古典であります。聖書は「古典」であると言います。ひょっとすると、皆さんの中には「聖書は古典以上のものだ」と言われる方もいらっしゃるでしょう。確かにそ

問11:あなたはどこにイエスを求めて行くのですか。

答:やはり聖書に行くよりほかありません。自分で聖書を読みまた教会でこれを聞くのです(ヨハネ5:39)イエスについて書いた本はたくさんあります。例えば、バーバラ・スィーリングの『イエスのミステリー』がNHK出版から翻訳出版された時、キリスト教が書き換えられるだろうというような宣伝ぶりでした。また最

問10:それではあなたは、聖書から聞いて信じ、いつも神と共にあるのですか。

答:いいえ、私もやはりそこから落ちて失われているのです。この世の混沌の中に巻き込まれ、無力で虚しく、罪を犯しています。ただ私はいつも聞いて信じたい、神と共にありたいと切に願っています。「無信仰な私を助けてください」。「はい、いつも…」と答えたいですが、「いいえ」と正直に答えています。そして「いつ

問8:それでは、私たちは個人としても人類としても、生きる希望は残っていないのですか。

答:いいえ、決してそうではありません。私には、また「見よ、私はきょう、あなたの前にいのちと死との道、幸いと災いの道をおく」(申命記30:15、19、エレミヤ21:8)という、「静かな細い声」(列王記上19:12)がひびいてくるのです(申命記30:15~18、ヨシュア記8:34、エレミヤ21:8)。

問7:あなたの思いは間違っていないでしょう。すると私たち人間は、これからさきどうなるのでしょうか。

答:私たちはすべての生物と同じくついに土に帰るでしょう。しかし私たちの子孫は、つぎつぎと生まれてくることでしょう。けれども私たち人類はいつまでも生存し続けるでしょうか。大昔、この地にはびこりその繁栄をほこった羊歯(しだ)や爬虫類(はちゅうるい)も大きくなり過ぎてついに滅亡してしまったように、人類もま

問6:それは、実際にはどういうことなのでしょう。

答:はっきり言い表すことはむずかしいのですが、私たち人間の世界は何か混沌として、すべてが空しく過ぎ去っていきます。しかしそれは創造以前の「形なく、むなしく、やみが淵をおおう」混沌ではなく、私たち人間に責任があり、その根源に人間の罪責があるように思われます。創世記3章にはアダムとエ

問5:それでは、私たちは今ここで、造られたとおりの人間として生き、動き、存在しているのでしょうか。

答:いいえ、むしろ私たちは、自分の頭と手によって、神のように賢く偉くなろうとして、創造の根源から失われています。私たちは自由な人格としてたがいの交わりを求めあいながら、しかも孤独でしばしばたがいに誤解し争っています。いわゆるたがいの断絶を経験しているのです。あらゆる争闘も戦争もまた根本的にはここに起

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