12月21日のみことば

「弱い人にも忠実な裁きをする王。その王座はとこしえに堅く立つ」(箴言29:14)

知恵の教師にとっては王とは弱い者の保護者であり助けなき者の希望であるべきなのですが、しばしば弱い者の声に耳を塞ぎ、抑圧する者となります。しかし「その聖なるすまいにおられる神は/みなしごの父、やもめの保護者である」(詩篇68:5)とあります。

12月19日のみことば

「愚か者は自分の感情をさらけ出す。知恵ある人はそれを制し静める」(箴言29:11)

愚者と知者の根本的違いは、感情を制御できるかどうかにあります。最近の車には自動制御装置がついており衝突を未然に回避できるそうですが、私たちの心にもこのような装置が必要かも? 聖書の言葉を心に宿していると、激怒からも悲嘆からも救い出されます。

12月20日のみことば

「偽りのことばに傾聴する支配者。彼の従者たちは皆、邪悪」(箴言29:12/岩波訳)

神の独り子イエスが誕生した時、ユダヤを治めていたヘロデ大王は、妻や子が王位を狙っているという噂に動揺し無情にも彼らを殺害。さらに幼子イエスをも殺害しようとしました。彼は幸福ではありませんでした。神に信頼し人を愛する人こそ真に幸いな人です。

12月18日のみことば

「無垢な人を憎み、その血を流そうとする者がある。正しい人々はその命を助けようとする」(箴言29:10)

21世紀を迎えて国家間や民族間の争いは深刻化しています。今求められるのは「命を助けよう」とする人々です。A.シュヴァイツァーは「わたしは生きようとする生命に取り囲まれた生きようとする生命である」と言い、生命肯定こそ最高の倫理だと告げています。

12月19日のみことば

「愚か者は自分の感情をさらけ出す。知恵ある人はそれを制し静める」(箴言29:11)

愚者と知者の根本的違いは、感情を制御できるかどうかにあります。最近の車には自動制御装置がついており衝突を未然に回避できるそうですが、私たちの心にもこのような装置が必要かも? 聖書の言葉を心に宿していると、激怒からも悲嘆からも救い出されます。

12月17日のみことば

「不遜な者らが町に騒動を起こす。知恵ある人々は怒りを静める」(箴言29:8)

大言壮語する者が感情を煽り大衆を暴徒とします。「怒り」とは怪獣の激しい息づかいと鼻息、大衆の憤怒のことです。このような状況を知恵を用いて真の平和へと導くのが「知恵ある人々」。今求められているのはそういう人たちです。

12月18日のみことば

「無垢な人を憎み、その血を流そうとする者がある。正しい人々はその命を助けようとする」(箴言29:10)

21世紀を迎えて国家間や民族間の争いは深刻化しています。今求められるのは「命を助けよう」とする人々です。A.シュヴァイツァーは「わたしは生きようとする生命に取り囲まれた生きようとする生命である」と言い、生命肯定こそ最高の倫理だと告げています。

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